§1 ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴
【1】ナ変動詞・ナ変助動詞の連体形の用例
ナ変動詞・ナ変完了助動詞の連体形の語尾は、近畿語では「ぬる」である。東方語では、「ぬる」になる場合もあるが、「ぬ」にも「の甲」にもなる。
(1)ナ変動詞の連体形。
相ひ見ては 千年や去ぬる〈伊奴流〉[万14 ―3470東歌]
(2)ナ変助動詞の連体形。
[近畿] 語尾は「ぬる」になる。
蜩ノ 鳴き甲ぬる〈奈吉奴流〉時は[万17 ―3951]
吾がたメは 狭くや成りぬる〈奈里奴流〉[万5 ―892]
[東方1] 語尾が「ぬ」になる。
明けぬ〈安家奴〉時来る[万14 ―3461東歌]
家ノ妹が なるべきコトを 言はず来ぬかモ〈伎奴可母〉
[万20 ―4364防人歌]
[東方2] 語尾が「の甲」になる。
息づく妹を 置きて来の甲〈伎努〉かモ[万14 ―3527東歌]
【2】ナ変動詞・ナ変助動詞の終止形の用例
ナ変動詞・ナ変完了助動詞の終止形の語尾は「ぬ」である。
(1)ナ変動詞の終止形。
死なば死ぬトモ〈斯農等母〉[万5 ―889]
(2)ナ変助動詞の終止形。「ぬ」直前の動詞語尾は「い甲」段になる。
潮モ適ひ甲ぬ〈可奈比沼〉[万1 ―8]
【3】ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴
(1)ナ変の動詞・助動詞の連体形には双挟音素配列WRWが含まれる。
ナ変動詞・ナ変助動詞の連体形の語尾は、「ぬる」「ぬ」「の甲」になる。「る」が脱落したりしなかったりするのは、ナ変の動詞・助動詞の連体形の活用語胴に双挟音素配列WRWが含まれるからだと考える。RがWに双挟潜化されなければ「ぬる」になり、双挟潜化されれば語尾は「ぬ」あるいは「の甲」になる。
(2)ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴にはNWRWが含まれる。
ナ変動詞・助動詞の終止形・連体形の語尾に「ぬ」が現れるのは、ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴にNWが含まれるからだと考える。
(3)上記(1)(2)をまとめて次のように考える。
ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴にはNWRWが含まれる。
(4)ナ変動詞「去ぬ」「死ぬ」の活用語胴。
ナ変動詞「去ぬ」の活用語胴はYYNWRWであり、「死ぬ」の活用語はSYNWRWだと推定する。
(5)ナ変完了助動詞「ぬ」の活用語胴。
ナ変完了助動詞「ぬ」の活用語胴は、ナ変動詞「去ぬ」と同一で、YYNWRWだと推定する。
§2 近畿語でのナ変連体形の遷移過程
【1】近畿語ナ変動詞連体形「去ぬる」の遷移過程
「去ぬ」の活用語胴YYNWRWに、連体形の活用語足AUが続く。
《連体》 去ぬる=YYNWRW+AU→YYNWRWAU
NWR直後の母類音素群WAUには複数の完母音素がある。この場合近畿語では、末尾の完母音素Uは顕存し、他は潜化する。
→YYNWRwaU
双挟音素配列WRWだった部分では、R直後のWが潜化したので、双挟音素配列ではなくなる。Rは双挟潜化されずに顕存する。Rの直前で音素節が分離する。
→YYNW ―RwaU=YYNW ―RU
YYはヤ行・Y段の「い」になる。NWはナ行・W段(う段)の「ぬ」になる。
→いぬる
【2】ナ変助動詞が四段動詞に続いた場合の遷移過程
(1)ナ変助動詞「ぬ」の連体形が「鳴く」に続いて「鳴きぬる」になる遷移過程。
動詞の活用語胴に、助動詞「ぬ」の活用語胴YYNWRWと、連体形の活用語足が続く。ナ変助動詞「ぬ」の活用語足は動詞と同一で、連体形ならAUである。
《連体》 鳴きぬる=鳴K+YYNWRW+AU→なKYYNWRWAU
母音部YYでは、後のYは顕存し、前のYは潜化する。
→なKyYNW ―RwaU=なKY ―NW ―RU=なき甲ぬる
る。
(2)語胴形YYぬ用法。
動詞に完了助動詞「ぬ」が続く場合、動詞には活用語足は用いられない。動詞の活用語胴に「ぬ」の活用語胴・活用語足が続く。この用法を動詞の語胴形YYぬ用法と呼ぶ。
§3 東方語でのナ変連体形の遷移過程
【1】融合音潜顕遷移
東方語のナ変助動詞連体形「の甲」の遷移過程を説明するためには、融合音を含む母類音素群での潜化・顕存の規則性を述べる必要がある。
母音部が〔融合音と、それ以外の(単数・複数の)母類音素〕からなる場合、融合音は顕存し、他の母類音素は潜化する。
この遷移を融合音潜顕遷移と呼ぶ。
【2】東方語でナ変助動詞連体形が「の甲」「ぬ」になる遷移過程
[東方1] 「来のかモ」の「来の」は、カ変動詞「来」の活用語胴に、完了助動詞「ぬ」の連体形「YYNWRW+AU」が続いたもの。「きNWRW+AU」になったところから説明する。
《連体》 来の=きNWRW+AU→きNWRWAU
東方語では、WRWAUで、WがRを双挟潜化することがある。
→きNWrWAU=きNWWAU
母音部WWAUではAUが融合する。
→きNWW{AU}
母音部WW{AU}では、融合音{AU}は顕存し、他は潜化する(融合音潜顕遷移)。{AU}は「お甲」を形成する。
→きNww{AU}=きN{AU}=きの甲
[東方2] 「明けぬ時」の「明けぬ」は下二段動詞「明く」の活用語胴に、助動詞「ぬ」の連体形「YYNWRW+AU」が続いたもの。「明けNWRW+AU」になったところから説明する。
《連体》 明けぬ→あけNWRW+AU→あけNWRWAU
東方語では、NWRWAUで、WがRを双挟潜化することがある。
→あけNWrWAU=あけNWWAU
母音部WWAUでは、末尾にある完母音素Uは顕存し、他は潜化する。
→あけNwwaU=あけNU=あけぬ
【3】現代語の連体形「死ぬ」の遷移過程
現代語の連体形「死ぬ」の構成は、上代語のナ変動詞連体形と同様で、活用語胴SYNWRWにAUが続いたもの。
《連体》 死ぬ=SYNWRW+AU→SYNWRWAU
現代語のNWRWAUでは、WはRを双挟潜化する。
→SY ―NWrWAU=しNWWAU→しNwwaU=しNU=しぬ
§4 動詞終止形の活用語足はW
【1】動詞終止形の活用語足はW
動詞終止形の活用語足は何か。
仮に、終止形の活用語足がUだったとしよう。その場合には、上代近畿語での「死ぬ」終止形「SYNWRW+U→しNWRWU」は、末尾に完母音素Uがあるから、「しNW ―RwU=しぬる」という遷移過程で、「しぬる」になるのではないかと思われる。だが、これは文献事実に反する。
そこで動詞終止形の活用語足は、Uではないが、「う」を形成できる音素だということになる。U以外で「う」を形成できる音素は普兼音素Wしかない。よって、動詞終止形の活用語足はWだと推定する。
【2】ナ変動詞・助動詞の終止形の遷移過程
(1)ナ変動詞「死ぬ」終止形の遷移過程。
ナ変終止形「死ぬ」は、活用語胴SYNWRWに、動詞終止形の活用語足Wが続いたもの。
《終止》 死ぬ=SYNWRW+W→SYNNWRWW
NWRWWの場合、上代語でも平安語でも現代語でも、WはRを双挟潜化する。
→SYNWrWW=SY ―NWWW
母音部WWWでは、末尾のWは顕存し、他のWは潜化する。
→しNwwW=しNW=しぬ
(2)ナ変助動詞「ぬ」終止形の遷移過程。
「適ひぬ」は、動詞語素「かなP」に、ナ変助動詞「ぬ」の活用語胴YYNWRWと、終止形の活用語足Wが続いたもの。
適ひぬ=適P+YYNWRW+W=かなPYYNWRWW
→かなPYYNWrWW→かなPyYNwwW
=かなPYNW=かなひ甲ぬ
§5 ナ変の活用形式付加語素WRW
【1】ナ変の活用形式付加語素WRW
ナ変動詞「去ぬ」の活用語胴はYYNWRWであり、「死ぬ」の活用語胴はSYNWRWであって、両者とも末尾に双挟音素配列WRWがある。
WRWがあるから、近畿語ではナ変動詞連体形語尾に「る」が現れ、終止形では「る」は現れない。
そこで、WRWは、動詞それぞれの固有の意味には無関係であり、ナ行変格活用という活用形式を形成するために用いられている語素だと考える。
ナ変動詞で動詞固有の意味を持つのは、活用語胴からWRWを除去した部分だと考える。「去ぬ」なら活用語胴YYNWRWからWRWを除去したYYNが動詞語素であり、「死ぬ」ならSYNWRWからWRWを除去したSYNが動詞語素だと考える。
ナ変動詞・ナ変助動詞の活用語胴にあるWRWをナ変の活用形式付加語素と呼ぶ。
【2】ナ変動詞の語素構成
ナ変動詞の語素構成は、「動詞語素+活用形式付加語素WRW+活用語足」である。
ナ変「去ぬ」の連体形の語素構成は、動詞語素YYNに、ナ変の活用形式付加語素WRWと、動詞連体形の活用語足AUが続いたものである。
ナ変「死ぬ」の終止形の語素構成は、動詞語素SYNに、ナ変の活用形式付加語素WRWと、動詞終止形の活用語足Wが続いたものである。