§1 上代語「見」の終止形が「み」になる理由
【1】「見」の動詞語素はMY
上代語「見」の終止形は「み甲」である。そして「見」の連体形は「み甲る」であり、連用形は「み甲」である。
《連体》 後モ取り見る〈美流〉 思ひ妻[允恭記歌88]
《連用》 いざ見に〈美尓〉行かな[万17 ―3973]
そして「い甲・い丙」を形成する音素としてYがある。そこで、「見」の動詞語素はMYだと推定する。
【2】「見」の活用形式付加語素はYRY
動詞「見」では、連体形の語尾に「る」があるが、終止形・連用形には「る」がない。これは「見」の活用語胴に、活用形式付加語素として、Rを含む双挟音素配列が含まれるからだと考える。
「見」に含まれる活用形式付加語素はどのような双挟音素配列か。
「見」は、「居」と同じく、上代語連体形は「い段+る」である。また、平安語では両者は共に上一段活用になる。その「居」の活用形式付加語素はYRYである。そこで「見」の活用形式付加語素はYRYだと推定する。
【3】「見」の活用語胴は「MY+YRY」
「見」の動詞語素はMYであり、活用形式付加語素はYRYだから、「見」の活用語胴は、「MY+YRY」である。
【4】上代語「見」の終止形「み」の遷移過程
「見」終止形の語素構成は、動詞語素MYに、活用形式付加語素YRYと、終止形の活用語足Wが続いたものである。
《終止》 見=MY+YRY+W→MYYRYW
父音素にYYRが続き、その後にYで始まる母類音素群が続く場合、YYR直後の母類音素群の音素配列により、上代語では次の遷移が起きる。
YYR直後の母類音素群に、複数の完母音素もYO¥もWWもない場合、YはRを双挟潜化する。
→MYYrYW=MYYYW
MYYYWでは、Mが父音部になり、YYYWが母音部になる。
母音部YYYWでは、Yが三連続し、その後にWが一つある。この場合、三連続するYはひとまず顕存し、末尾のWは潜化する。
→MYYYw=MYYY
YYYでは、末尾にあるYは顕存し、他のYは潜化する。
→MyyY=MY=み甲
こうして、上代語では「見」終止形は「み」になる。
§2 終止形が「い甲」段一音節になる活用は上甲段活用
【1】上代語に「上一段活用」は存在しない。
「上一段活用」は、平安語には頻出する活用で、六活用形が、
い段 い段 い段+る い段+る い段+れ い段+よ
になるものである。
「見る」は平安語では終止形が「みる」であって、上一段活用である。だが、上代語では「見」の終止形は「み」であって「みる」でないから、上一段活用ではない。上代語には上一段活用は存在しない。
【2】上代語「見」は上甲段活用
上代語「見」の活用は、「上一段活用」以外の名称で呼ぶより他ない。
動詞の六活用形が、い甲イ乙識別行で、
い甲 い甲 い甲 い甲+る い甲+れ い甲+ヨ
と現れる場合、この動詞の活用を上甲段活用と呼ぶ。また、この動詞の六活用形に上掲以外の活用例が検出されても、それが同じ行の「い甲」段を含むものなら上甲段活用だと認める。
【3】「着」は上甲段活用
【2】で掲げた六活用形の一部だけが確認できる場合、その動詞は上甲段活用である。
「着」は未然形「き甲」、連用形「き甲」だから、上甲段活用である。
《未然》 筑紫ノ綿は 身に著ケて いまだは着ねド〈伎祢杼〉 暖ケく見ゆ
[万3 ―336]
《連用》 ひ虫ノ衣 二重着て〈耆弖〉[仁徳紀22年 紀歌49]
「着」の動詞語素はKYだと推定する。
【4】上甲段動詞の動詞語素の音素配列
上甲段活用の動詞語素は、父音素またはYに、Yが続いた音素配列だと推定する。
動詞「煮」には「煮らし」[万10 ―1879]の用例がある。ナ行は い甲イ乙識別行ではないが、「煮」の動詞語素をNYだと推定し、「煮」を上甲段動詞と認める。
動詞「射」には「射ゆ猪」[斉明紀 紀歌117]の用例がある。ヤ行は い甲イ乙識別行ではないが、「射」の動詞語素をYYだと推定し、「射」を上甲段動詞と認める。
§3 上甲段動詞「見」の語胴形Yます用法
上甲段動詞が助動詞「ます」に上接する場合の遷移を述べる。
見ませ〈見末世〉吾妹子[万8 ―1507]
上甲段「見」に助動詞「ます」が続く場合には、「見」の活用語胴「MY+YRY」に「Yます」が続く。
見ませ=MY+YRY+Yませ→MYYRYYませ→MYYrYYませ
=MYYYYませ
父音素直後のYYYYでは末尾のYは顕存し、他のYは潜化する。
→MyyyYませ=MYませ=み甲ませ