第21章 サ変動詞「為」の活用

【1】上代語サ変動詞「為」の用例(未然・終止・連体・命令・語胴)

《未然》仮定用法。 「せ」になる。
嘆き為ば〈世婆〉 人知りぬ∧”み[万7 ―1383]
《未然》ずむ用法。 近畿語・九州語では「せ」になるが、東方語では「し」になる。
[近畿・九州] 手向かひモせず〈勢儒〉[神武即位前 紀歌11]
船乗りせむ〈世武〉ト 月待てば[万1 ―8]
[東方] 人言繁し 汝を何かモしむ〈思武〉[万14 ―3556東歌]
《終止》 姫遊び為〈殊〉モ[崇神紀10年 紀歌18]
《連体》 舞ひ為る少女[雄略記歌95]
《命令》 近畿語にはヨ用法とヨ脱落用法があり、東方語にはロ用法もある。
[近畿1] ヨ用法。 「せヨ」になる。
吾が思ふ君を なつかしみ為ヨ〈勢余〉[万17 ―4009]
[近畿2] ヨ脱落用法。 「せ」になる(音仮名一字で「せ」と記したものは東方語のみにある。近畿語では、「かづら為〈蘰為〉」[万10 ―1924]・「ヨくせ〈吉為〉」[万12 ―2949]の「為」が「せ」と読まれている)。
子ロ為〈勢〉手枕[万14 ―3369東歌]
いざ為〈西〉小床に[万14 ―3484東歌]
[東方] ロ用法。 東方語では「せロ」になることがある。
何ド 為ロ乙〈世呂〉トかモ[万14 ―3465東歌]
《語胴》 YYぬ用法。 完了助動詞に上接する場合には「し」になる。
船出は為ぬ〈之奴〉ト 親に申さね[万20 ―4409]
《語胴》 WWら用法。 「す」になる。
織女し 船乗り為らし〈須良之〉[万17 ―3900]
船乗り為らむ〈為良武〉媛女らが[万1 ―40]

【2】サ変「為」の動詞語素・活用形式付加語素

サ変「為」の動詞語素はSYOYだと推定する。
サ変動詞の活用形式付加語素は双挟音素配列YWRYだと推定する。

【3】上代語サ変「為」の遷移過程

《終止》 為=SYOY+YWRY+W→SYOYYWRYW
YWR直後の母類音素群はYWである。この場合、双挟音素配列WRYWで、WはRYを双挟潜化する。
→SYOYYWryW=SYOYYWW
母音部YOYYWWでは、末尾で二連続するWはひとまず顕存し、YOYYは潜化する。
→SyoyyWW=SWW→SwW=SW=す
《連体》 為る=SYOY+YWRY+AU→SYOYYWRYAU
YWR直後の母類音素群はYAUである。この場合、YOYYWとYAUは呼応潜顕する。YAUでは、末尾のUは顕存し、YAは潜化する。これに呼応して、YOYYWでは、末尾のWのみが顕存し、他は潜化する。
→SyoyyW ―RyaU=SW ―RU=する
《未然》 仮定用法。 SYOYに、YWRYと、未然形仮定用法の活用語足∀Mと、P∀が続く。
為ば=SYOY+YWRY+∀M+P∀→SYOYYWRY∀MP∀
YWRYの直後の母音部は∀である。この場合、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrY∀{MP}∀→SYOYYY∀B∀
YOYは融合する。
→S{YOY}YY∀B∀
融合音{YOY}は顕存し、YY∀は潜化する。S{YOY}は「せ」になる。
→S{YOY}yyαば=S{YOY}ば=せば
《未然》 ずむ用法。 SYOYに、YWRYと、未然形ずむ用法の活用語足∀と、「ず」が続く。
為ず=SYOY+YWRY+∀+ず→SYOYYWRY∀ず
→SYOYYwrY∀ず→S{YOY}YY∀ず
→S{YOY}yyαず=S{YOY}ず=せず
《命令》[近畿1] ヨ用法。 動詞語素SYOYに、YWRYと、YOYが続く。
為ヨ=SYOY+YWRY+YOY→SYOYYWRYYOY
YYWRYの直後がYOYである場合、近畿語では、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrYYOY=SYOYYYYOY
SYOYYYとYOYの間で音素節が分離する。S直後のYOYは融合する。
→SYOYYY ―YOY→S{YOY}YY ―YOY
末尾の音素節YOYでは、前方にあるYは父音部になり、OYは母音部になる。母音部OYでは、完母音素Oは顕存し、Yは潜化する。
→S{YOY}yy ―YOy=S{YOY} ―YO=せヨ乙
[近畿2] ヨ脱落用法。 SYOYYYYOYになった後、その全体が一つの音素節になる。母音部YOYYYYOYでは、二つあるYOYのうちいずれか一方が融合する。
為→SYOYYYYOY→SYOYYY{YOY}
→Syoyyy{YOY}=S{YOY}=せ
[東方] ロ用法。 為ロ=SYOY+YWRY+YOY→SYOYYWRYYOY
R直後のYYOYでは、Oは顕存し、Yは三つとも潜化する。
S直後のYOYは融合する。
→S{YOY}YW ―RyyOy→S{YOY}yw ―RO=せロ乙
《語胴》 YYぬ用法。 為ぬ=SYOY+YWRY+YYぬ
→SYOYYWRYYYぬ
YWR直後の母類音素群がYYYである場合、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrYYYぬ=SYOYYYYYぬ
母音部YOYYYYYでは、末尾で五連続するYはひとまず顕存し、YOは潜化する。
→SyoYYYYYぬ=SYYYYYぬ→SyyyyYぬ=SYぬ=しぬ
《語胴》 WWら用法。 為らむ=SYOY+YWRY+WWら+む
→SYOYYWRYWWらむ
双挟音素配列WRYWではWはRYを双挟潜化する。
→SYOYYWryWWらむ→SYOYYWWWらむ
母音部YOYYWWWでは、末尾で三連続するWはひとまず顕存し、YOYYは潜化する。
→SyoyyWWWらむ→SwwWらむ=SWらむ=すらむ