第22章 カ変動詞「来」の活用

§1 上代語「来」の活用

【1】上代語カ変動詞「来」の用例(未然・終止・連体・命令・語胴)

《未然》 仮定用法。 御船泊てぬト 聞コイエ来ば〈許婆〉[万5 ―896]
《終止》 浦潮満ち来〈久〉 いまだ飽かなくに[万15 ―3707]
《連体》 い伐らずソ来る〈久流〉[応神記歌51]
《命令》 玉小菅 刈り来〈己〉吾が夫子[万14 ―3445東歌]
《語胴》 WWら用法。 鐸響くモ 置目来らし〈久良斯〉モ
[顕宗記歌111]
《語胴》 WMW∧”し用法。 吾が夫子が 来∧”き〈勾倍枳〉宵なり
[允恭8年 紀歌65]
《語胴》 Yます用法。 来ませ〈伎麻世〉吾が夫子[万14 ―3455東歌]
《語胴》 YYぬ用法
[近畿] 妹を置きて来ぬ〈伎奴〉[万15 ―3634]
[東方] 駿遠語では「け甲」になることがある。
モノ言ずけ甲にて〈價尓弖〉 今ゾ悔やしき
[万20 ―4337防人歌、駿河]

【2】カ変動詞「来」の語素・活用形式付加語素

カ変動詞「来」の動詞語素はK¥O¥だと推定する。
カ変の活用形式付加語素は、サ変と同一で、双挟音素配列YWRYだと推定する。

【3】上代語カ変「来」の遷移過程

《終止》 来=K¥O¥+YWRY+W→K¥O¥YWRYW
双挟音素配列WRYWではWはRYを双挟潜化する。
→K¥O¥YWryW=K¥O¥YWW
母音部¥O¥YWWでは末尾で二連続するWはひとまず顕存し、¥O¥Yは潜化する。
→KjojyWW=KWW→KwW=KW=く
《連体》 来る=K¥O¥+YWRY+AU→K¥O¥YWRYAU
¥O¥YWとYAUは呼応潜顕する。後者ではUは顕存し、YAは潜化する。これに呼応して、前者ではWは顕存し、他は潜化する。
→KjojyW ―RyaU=KW ―RU=くる
《未然》 仮定用法。 K¥O¥に、YWRYと、∀Mと、P∀が続く。
来ば=K¥O¥+YWRY+∀M+P∀→K¥O¥YWRY∀MP∀
YWR直後の母類音素群がY∀の場合、YはWRを双挟潜化する。
→K¥O¥YwrY∀{MP}∀=K¥O¥YY∀B∀
母音部¥O¥YY∀では、完母音素Oは顕存し、他は潜化する。
→KjOjyyαば=KOば=コ乙ば
《命令》 K¥O¥に、YWRYと、YOYが続く。
来=K¥O¥+YWRY+YOY→K¥O¥YWRYYOY
YWR直後の母類音素群がYYOYの場合、近畿語ではYはWRを双挟潜化する。
→K¥O¥YwrYYOY=K¥O¥YYYOY
双挟音素配列O¥YYYOではOは¥YYYを双挟潜化する。
→K¥OjyyyOY=K¥OOY
二連続する完母音素Oはひとまず顕存し、他は潜化する。
→KjOOy=KOO→KoO=KO=コ乙
《語胴》 WWら用法。 K¥O¥に、YWRYと、「WWら+し」が続く。
来らし=K¥O¥+YWRY+WWら+し→K¥O¥YWRYWWらし
→K¥O¥YWryWWらし=K¥O¥YWWWらし
→KjojyWWWらし→KwwWらし=KWらし=くらし
《語胴》 WMW∧”し用法。 K¥O¥に、YWRYと、「WMW∧”+き」が続く。
来∧”き=K¥O¥+YWRY+WMW∧”+き→K¥O¥YWRYWMW∧”き
WRYWではWはRYを双挟潜化する。
→K¥O¥YWryWmW∧”き=K¥O¥YWWW∧”き
→KjojyWWW∧”き→KwwW∧”き=KW∧”き=く∧”き
《語胴》 Yます用法。 K¥O¥に、YWRYと、「Yませ」が続く。
来ませ=K¥O¥+YWRY+Yませ→K¥O¥YWRYYませ
YWR直後の母類音素群はYYである。この場合、YはWRを双挟潜化する。
→K¥O¥YwrYYませ=K¥O¥YYYませ
母音部¥O¥YYYでは、末尾で三連続するYはひとまず顕存し、¥O¥は潜化する。
→KjojYYYませ→KyyYませ=KYませ=き甲ませ
《語胴》 YYぬ用法。 K¥O¥に、YWRYと、「YYぬ」が続く。
[近畿] 来ぬ=K¥O¥+YWRY+YYぬ→K¥O¥YWRYYYぬ
→K¥O¥YwrYYYぬ=K¥O¥YYYYぬ→KjojYYYYぬ
→KyyyYぬ=KYぬ=き甲ぬ
[東方] 来に=K¥O¥+YWRY+YYに
→K¥O¥YWRYYYに→K¥O¥YwrYYYに=K¥O¥YYYYに
駿遠語では¥O¥は融合することが多い。その場合、{¥O¥}の末尾の¥は潜化するのが通例だが、稀に顕存することもある(似た例として「解け甲は=トK{YO¥}は」がある(第23章参照)。{¥O¥}は「え甲」を形成する。
→K{¥O¥}YYYYに→K{¥O¥}yyyyに=K{¥O¥}に=け甲に


§2 平安語命令形「来よ」の遷移過程

平安語での「来」の命令形は、「さのたまひつらん物をもてこ」[落窪物語4]のように、「こ」を用いることが多いが、「こよ」も用いられる。
「暁迎にこよ」とて返しやりつ。[宇治拾遺物語27]
来よ=K¥O¥+YWRY+YOY→K¥O¥YWRYYOY
YはWRを双挟潜化する。
→K¥O¥YwrYYOY=K¥O¥YYYOY
K¥Oと¥YYYOYの間で音素節が分離する。
→K¥O ―¥YYYOY→KjO ―¥YYYOY
¥YYYOYでは、¥YYYが父音部になり、OYが母音部になる。父音部¥YYYでは、まず、¥が潜化する。母音部OYでは、Oは顕存し、Yは潜化する。
→KO ―jYYYOy=KO ―YYYO→KO ―YyyO=KO ―YO=コヨ