第27章 単音節下二段とエ乙型複音節下二段の遷移過程

§1 単音節下二段動詞と複音節下二段動詞

下二段動詞には単音節下二段動詞と複音節下二段動詞がある。
下二段動詞(下二段活用する補助動詞・助動詞を含む)を単音節下二段動詞と複音節下二段動詞に分ける。
単音節下二段動詞は、上代語・平安語を通じて、未然形・連用形・終止形が一音節の下二段動詞である。「得」「寝」「経」がこれに該当する。完了助動詞「つ」もこれに含める。
複音節下二段動詞は、単音節下二段動詞以外の下二段動詞である。上代語「明く」「掛く」「越ゆ」「捨つ」「数ふ」などがこれに該当する。上代語で連用形が「くゑ」になる「蹴う」と、平安語で未然形などが二音節「消え」になる「消」も複音節下二段動詞である。補助動詞として用いられることの多い「敢ふ」と、“不可能”を表す「かぬ」、使役を表す助動詞「しむ」も複音節下二段動詞に含める。


§2 単音節下二段の遷移過程

【1】単音節下二段の用例(連用形を除く)

《未然》 ずむ用法。 「エ乙・え丙」段になる。
御調宝は 数∧得ず〈衣受〉[万18 ―4094]
まコトあり得む〈衣牟〉や[万15 ―3735]
《終止》 「う」段になる。
夜渡る月を 幾夜経〈布〉ト[万18 ―4072]
《連体》 近畿語では「う段+る」になる。
幾代経る〈布流〉まで 斎ひ来にけむ[万15 ―3637]
《已然》 接続用法。 「う段+れ」になる。
年が来経れ〈布礼〉ば[景行記歌28]

【2】単音節下二段の語素構成

単音節下二段の語素構成は、動詞語素に、下二段の活用形式付加語素と、動詞の活用語足が続いたものである。
単音節下二段動詞の動詞語素は一つの音素節であり、その母音部は¥Ω¥だと推定する。「得」の動詞語素は¥Ω¥であり「寝」の動詞語素はN¥Ω¥であり、「経」の動詞語素はP¥Ω¥であり、完了助動詞「つ」の助動詞語素はT¥Ω¥だと推定する。
下二段の活用形式付加語素は双挟音素配列WRWだと推定する。

【3】単音節下二段の遷移過程

《未然》 ずむ用法。 「得ず」の構成は、動詞語素¥Ω¥に、下二段の活用形式付加語素WRWと、活用語足∀と、「ず」が続いたもの。
得ず=¥Ω¥+WRW+∀+ず→¥Ω¥WRW∀ず
¥Ω¥WR直後の母類音素群に、複数の完母音素もYO¥もYOYもない場合、WはRを双挟潜化する。
→¥Ω¥WrW∀ず=¥Ω¥WW∀ず
¥Ω¥WW∀では、¥Ω¥が融合する。{¥Ω¥}では末尾の¥は潜化する。{¥Ωj}は、単独の場合はア行の「え」になり、父類音素に続く場合は「エ乙・え丙」を形成する。
→{¥Ω¥}WW∀ず→{¥Ωj}WW∀ず
融合音{¥Ωj}は顕存し、WW∀は潜化する。
→{¥Ωj}wwαず={¥Ωj}ず=えず
《終止》 経=P¥Ω¥+WRW+W→P¥Ω¥WRWW
→P¥Ω¥WrWW=P¥Ω¥WWW
上代語では、¥Ω¥の直後に三つ以上連続するWが続く場合、連続するWはひとまず顕存し、¥Ω¥は潜化する。
→PjωjWWW=PWWW→PwwW=PW=ふ
《連体》 経る=P¥Ω¥+WRW+AU→P¥Ω¥WRWAU
¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。後者では末尾の完母音素Uは顕存し、WAは潜化する。R直後のWが潜化したことに呼応して、前者ではWは顕存し、他は潜化する。
Rは、直後のWが潜化したので、双挟潜化されずに顕存する。
→PjωjW ―RwaU=PW ―RU=ふる
《已然》 経れば=P¥Ω¥+WRW+YO¥M+P∀
→P¥Ω¥WRWYO¥{MP}∀
YO¥は融合する。{YO¥}の¥は潜化する。
→P¥Ω¥WRW{YO¥}ば→P¥Ω¥WRW{YOj}ば
¥Ω¥WとW{YOj}は呼応潜顕する。後者では融合音{YOj}は顕存し、Wは潜化する。R直後のWが潜化したことに呼応して、前者では、Wは顕存し他は潜化する。
Rは、直後のWが潜化したので、双挟潜化されずに顕存する。
→PjωjW ―Rw{YOj}ば=PW ―R{YOj}ば=ふれば


§3 エ乙型複音節下二段の遷移過程

【1】複音節下二段動詞には¥Ω¥を含むものとYAYを含むものとがある

すべての複音節下二段動詞は段付加語素を含む。複音節下二段は、その段付加語素の音素配列により、二つの型に分けられる。
一つ型は段付加語素が¥Ω¥であるもの。近畿語の下二段はすべてこの型に属し、東方語の下二段の一部もこの型に属する。この型の複音節下二段活用をエ乙型複音節下二段活用と呼ぶ。
もう一つの型は、段付加語素がYAYであるもの。東方語の下二段の一部がこれに属する。この型の複音節下二段活用を、え甲型複音節下二段活用と呼ぶ。え甲型複音節下二段の用例・遷移過程については後述する。

【2】エ乙型複音節下二段の用例(連用形を除く)

《未然》 仮定用法。 一人寝る夜は 明ケば〈安気婆〉明ケぬトモ
[万15 ―3662]
《未然》 ずむ用法。 置く露霜に 堪∧ず〈安倍受〉して[万15 ―3699]
《終止》 ほトトぎす 鳴くト人告ぐ〈都具〉[万17 ―3918]
《連体》 金鋤モ 五百ちモがモ 鋤き撥ぬる〈波奴流〉モノ [雄略記歌98]
《已然》 接続用法。 二人越ゆれば〈古喩例麼〉 安蓆かモ
[仁徳紀40年 紀歌61]
《已然》 コソや用法。君は忘らす 吾れ忘るれや〈和須流礼夜〉
[万14 ―3498東歌]
《命令》 近畿語にはヨ用法とヨ脱落用法があり、東方語にはロ用法がある。
[近畿1] ヨ用法。「努メヨ」などの用法。
[近畿2] ヨ脱落用法。 語尾が、ヨ用法の「ヨ」が脱落した形になる。「努メ」がその用例。
[東方] ロ用法。 語尾が「エ乙段+ロ乙」になる。「付ケロ」など。
《語胴》 Yます用法。 田は植ゑまさず〈宇恵麻佐受〉[万15 ―3746]
《語胴》 YYぬ用法。 時モ過ギ 月モ経ぬれば〈倍奴礼婆〉[万15 ―3688]
《語胴》 WWら用法。 腐し捨つらむ〈須都良牟〉?綿らはモ
[万5 ―900]

【3】エ乙型複音節下二段動詞の語素構成

複音節下二段動詞の動詞語素の末尾には父類音素がある。
エ乙型複音節下二段動詞の語素構成は、動詞語素に、段付加語素¥Ω¥と、下二段の活用形式付加語素WRWと、動詞の活用語足が続いたもの。

【4】エ乙型複音節下二段活用の遷移過程(連用形を除く)

(1)「顕ろ」「離ゆ」「離るる」以外の活用形の遷移過程。

《未然》 仮定用法。 明ケば=明K+¥Ω¥+WRW+∀M+P∀
→あK¥Ω¥WRW∀{MP}∀→あK¥Ω¥WrW∀ば
→あK{¥Ω¥}WW∀ば→あK{¥Ωj}wwαば=あケ乙ば
《未然》 ずむ用法。 堪∧ず=堪P+¥Ω¥+WRW+∀+ず
→あP¥Ω¥WRW∀ず→あP¥Ω¥WrW∀ず
→あP{¥Ω¥}WW∀ず→あP{¥Ωj}wwαず=あ∧乙ず
《終止》 告ぐ=告G+¥Ω¥+WRW+W→つG¥Ω¥WRWW
→つG¥Ω¥WrWW=つG¥Ω¥WWW
→つGjωjWWW=つGWWW→つGwwW=つGW=つぐ
《連体》 撥ぬる=撥N+¥Ω¥+WRW+AU→はN¥Ω¥WRWAU
¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。後者ではUは顕存し、他は潜化する。これに呼応して、前者¥Ω¥WではWは顕存し、他は潜化する。
→はNjωjW ―RwaU=はNW ―RU=はぬる
《已然》 接続用法。 越ゆれば=越Y+¥Ω¥+WRW+YO¥M+P∀
→こY¥Ω¥WRWYO¥{MP}∀
YO¥は融合する。
→こY¥Ω¥WRW{YO¥}B∀→こY¥Ω¥WRW{YOj}ば
母音部¥Ω¥WとW{YOj}は呼応潜顕する。後者では{YOj}は顕存し、Wは潜化する。これに呼応して、前者では、Wは顕存し、他は潜化する。
→こYjωjW ―Rw{YOj}ば=こYW ―R{YOj}ば=こゆれば
《已然》 コソや用法。 忘るれや→忘R+¥Ω¥+WRW+YO¥+や
→忘R¥Ω¥WRWYO¥や→忘R¥Ω¥WRW{YOj}や
R¥Ω¥WとW{YOj}は呼応潜顕する。後者では{YOj}は顕存し、Wは潜化する。これに呼応して、前者ではWは顕存し、他は潜化する。
→忘RjωjW ―Rw{YOj}や=忘RW ―R{YOj}や=わするれや
《命令》[近畿1] ヨ用法。 努メヨ=努M+¥Ω¥+WRW+YOY
→つとM¥Ω¥WRWYOY
¥Ω¥WRWYOYの場合、近畿語ではWはRを双挟潜化する。
→つとM¥Ω¥WrWYOY=つとM¥Ω¥WWYOY
ヨ用法の場合、YOYの直前で音素節が分離する。
→つとM{¥Ω¥}WW ―YOY→つとM{¥Ωj}ww ―YOY
YOYでは、初頭のYが父音部になり、OYは母音部になる。母音部OYでは、完母音素Oは顕存し、兼音素Yは潜化する。
→つとM{¥Ωj} ―YOy=つとメ乙ヨ乙
[近畿2] ヨ脱落用法。 「つトM¥Ω¥WWYOY」になるまでは[近畿1] と同様である。その後、M¥Ω¥WWYOYは一つの音素節になる。
努メ→つトM¥Ω¥WRWYOY→つトM{¥Ωj}WWYOY
融合音{¥Ωj}は顕存し、WWYOYは潜化する。
→つトM{¥Ωj}wwyoy=つトM{¥Ωj}=つトメ乙
[東方] ロ用法。 付ケロ=付K+¥Ω¥+WRW+YOY
→つK¥Ω¥WRWYOY
東方語では母音部WYOYで、完母音素Oだけが顕存することがある。
→つK¥Ω¥WRwyOy→つK{¥Ω¥}W ―RO
→つK{¥Ωj}w ―RO=つケ乙ロ乙
《語胴》 WWら用法。 WRWの後に、助動詞「WWらむ」が続く。
捨つらむ=捨T+¥Ω¥+WRW+WWら+む
→すT¥Ω¥WrWWWらむ
→すTjωjWWWWらむ→すTwwwWらむ=すTWらむ=すつらむ
《語胴》 Yます用法。 WRWに「Yまさず」が続く。
植ゑまさず=植W+¥Ω¥+WRW+Yまさず→うW¥Ω¥WrWYまさず
→うW{¥Ω¥}WWYまさず→うW{¥Ωj}wwyまさず
=うW{¥Ωj}まさず=うゑまさず
《語胴》 YYぬ用法。 WRWの後に、ナ変完了助動詞「YYぬ」が続く。
[近畿] 絶イエぬれ=絶Y+¥Ω¥+WRW+YYぬれ
→たY¥Ω¥WrWYYぬれ→たY{¥Ω¥}WWYYぬれ
→たY{¥Ωj}wwyyぬれ=たY{¥Ωj}ぬれ=たイエぬれ

(2)東方語連体形「顕ろまで」の遷移過程。

東方語では下二段動詞連体形の語尾が「お甲」段になることがある。
《連体》 立つ虹ノ 顕ろ〈安良波路〉までモ[万14 ―3414東歌]
顕ろ=顕R+¥Ω¥+WRW+AU→あらはR¥Ω¥WRWAU
双挟音素配列R¥Ω¥WRでは、Rは¥Ω¥Wを双挟潜化する。
→あらはRjωjwRWAU→あらはRrWAU→あらはRW{AU}
→あらはRw{AU}=あらはR{AU}=あらはろ甲

(3)終止形「離ゆ」・連体形「離るる」の遷移過程。

上代語下二段「離ゆ」の語尾は終止形ではヤ行「ゆ」になり、連体形では「るる」になる。
《終止》 率寝てむ後は 人は離ゆ〈加由〉トモ[允恭記歌79]
《連体》 妹が手本を 離るる〈加流類〉此ノ頃[万11 ―2668]
「離ゆ」の動詞語素はKAYWRだと推定する。
《終止》 離ゆ=KAYWR+¥Ω¥+WRW+W→KAYWR¥Ω¥WRWW
WR¥Ω¥WRWWでは、Rが¥Ω¥Wを双挟し、そのR¥Ω¥WRをWが双挟する。
この場合まずRが¥Ω¥Wを双挟潜化し、続いてWがRRを双挟潜化する。
→KAYWrrWW→KA ―YWWW
音素節YWWWでは、Yは父音部になり、WWWは母音部になる。
→KA ―YwwW=KA ―YW=かゆ
《連体》 離るる=KAYWR+¥Ω¥+WRW+AU
熟合した後、音素節が三つに分れる。
→KAYWR¥Ω¥WRWAU→KAYW ―R¥Ω¥W ―RWAU
KAYWの母音部AYWでは、完母音素Aのみが顕存する。
母音部¥Ω¥Wと母音部WAUは呼応潜顕し、共に「う」段になる。後者WAUではUは顕存しWAは潜化する。これに呼応して、前者¥Ω¥WではWは顕存し、¥Ω¥は潜化する。
→KAyw ―RjωjW ―RwaU=KA ―RW ―RU=かるる