【1】東方語の複音節下二段動詞の語尾が「あ」段・「え甲」段になる用例
近畿語では下二段動詞の語尾はすべて「エ乙・え丙」段である。他方、東方語では複音節下二段動詞の語尾が「あ」段・「え甲」段になることがよくある。
(1)東方語複音節下二段の語尾が「あ」段になる用例。
《連用》 忘ら〈和須良〉来ばこソ 汝を懸けなはめ[万14 ―3394東歌]
(2)東方語下二段の語尾が「え甲」段になる用例。
《未然》 汝を懸け甲なは〈可家奈波〉め[万14 ―3394東歌]
拒へなへ甲ぬ〈奈弁奴〉 御言にあれば
[万20 ―4432昔年防人歌。「なへぬ」は「に+堪へ+ぬ」の縮約。]
《連用》 吾が恋ひを 記して付け甲て〈都祁弖〉[万20 ―43666防人歌]
並べ甲て〈那良敝弖〉見れば[万14 ―3450]
仕へ甲〈都加敝〉まつりて[万20 ―4359防人歌]
拒へ甲〈佐弁〉堪へぬ 御言にあれば[万20 ―4432昔年防人歌]
《語胴》 YYぬ用法。 明け甲ぬ〈安家奴〉時来る[万14 ―3461東歌]
【2】東方語の複音節下二段動詞の語尾が「あ」段・「え甲」段になる理由
近畿語では複音節下二段動詞の段付加語素は¥Ω¥だが、¥Ω¥にはAも∀も含まれないから、「あ」を形成できない。そこで東方語の下二段動詞には、近畿語とは異なる段付加語素が用いられることがあると考える。
〔東方語で「あ」段にも「え甲」段にもなる〕という遷移は「家」第二音素節と共通する。「家」第二音素節母音部はYAYである。そこで東方語では、複音節下二段の段付加語素として、YAYが用いられることがあると考える。これが、え甲型複音節下二段活用である。
【3】東方語の下二段動詞の語尾が「あ」段・「え甲」段になる遷移過程
(1)東方語下二段の語尾が「あ」段になる遷移過程。
連用形「忘ら」の語素構成は「忘R」に、段付加語素YAYと、活用形式付加語素WRWと、活用語足¥¥が続いたもの(活用語足¥¥については後述する)。
忘ら来ば=忘R+YAY+WRW+¥¥+KOば
忘RYAYWRW¥¥KOば→わすRYAYWrW¥¥KOば
¥KOの直前で音素節が分離する。¥Kでは¥は潜化する。
→わすRYAYWW¥ ―¥KOば
母音部YAYWW¥では、完母音素Aは顕存し、他は潜化する。
→わすRyAywwj ―jKOば=わすRAコば=わすらコば
(2)東方語の下二段動詞の語尾が「え甲」段になる遷移過程。
《未然》 懸けなは=懸K+YAY+WRW+∀+なは→かKYAYWRW∀なは
→かKYAYWrW∀なは→かK{YAY}WW∀なは
→かK{YAY}wwαなは=かK{YAY}なは=かけ甲なは
《連用》 付けて=付K+YAY+WRW+¥¥+て
→つKYAYWrW¥ ―¥て→つK{YAY}WW¥ ―jて
→つK{YAY}wwjて=つK{YAY}て=つけ甲て
拒へ=拒P+YAY+WRW+Y→さPYAYWrWY
→さP{YAY}wwy=さP{YA}=さへ甲
《語胴》 YYぬ用法。 明けぬ=明K+YAY+WRW+YYぬ
→あKYAYWrWYYぬ→あK{YAY}WWYYぬ
→あK{YAY}wwyyぬ=あK{YAY}ぬ=あけ甲ぬ