第33章 尊敬助動詞「す」・継続助動詞「ふ」 OAYS・OAYP

§1 尊敬助動詞「す」 OAYS

【1】四段動詞に尊敬助動詞「す」が続く場合、動詞語尾は「あ」段になることが多いが「オ乙・お丙」段・「え甲」段になることもある

[上代1] 四段動詞語尾が「あ」段になる用例。
《未然》 仮定用法。 子並みが 肴乞はさば〈許波佐婆〉[神武記歌9]
《連用》 つてに用法。 吾が孫ノ知らさむ食す国天下ト、寄さし〈与佐斯〉奉りしまにまに[続紀神亀元年宣命5]
知らし〈之良志〉めしける すめロぎノ[万18 ―4094]
《終止》 正出子吾妹 国へ下らす〈玖陀良須〉[仁徳記歌52]
魚釣らす〈都良須〉ト[万5 ―869]
[上代2] 四段動詞語幹の末尾音素節が「オ乙・お丙」段の場合、動詞語尾は「オ乙・お丙」段になることがある。
女鳥ノ吾が王ノ 織ロす〈於呂須〉布[仁徳記歌66]
旅ノ翁ト おモほして〈於母保之天〉[万18 ―4128]
[上代3] 四段動詞語幹の末尾音素節が「い甲・い丙」段の場合にも動詞語尾は「オ乙・お丙」段になることがある。
賢し女を 有りト聞かして くはし女を 有りト聞コして〈伎許志弖〉
[記上巻歌2]
安国ト平ケく所知食 古語云はく、しロしめす〈志呂志女須〉
[延喜式祝詞大殿祭]
[上代4] 四段動詞「言ふ」が尊敬助動詞「す」の已然形コソや用法「せ」に上接する場合、動詞語尾が「え甲」段になる。
汝が言へ甲せ〈伊幣斉〉コソ うち渡す 矢河枝如す 来入り参来れ
[仁徳紀30年 紀歌57]

【2】尊敬助動詞「す」の本質音はOAYS

大野晋は「万葉時代の音韻」『万葉集大成第六巻』325頁で、「尊敬のス」をasuだとする。だがasuには「お」を表す音素がないから、「思ほし」「聞コし」になる理由を説明できない。
私は尊敬助動詞「す」の本質音はOAYSだと推定する。
OAYSは動詞語素の直後に続く。
尊敬助動詞「す」の活用語足は動詞の活用語足と同じである。

【3】四段動詞に「す」が続く場合の遷移過程

(1)四段動詞語幹末尾音素節の母音部と助動詞に含まれるOAYが呼応潜顕しなければ四段動詞語尾は「あ」段になる。

四段動詞語幹末尾音素節の母音部がA・Uの場合、これらはOAYと呼応潜顕しない。この場合、OAYのAは顕存し、O・Yは潜化する。
[上代1] 「下らす」「釣らす」の遷移過程。
「くだる」の「だ」の母音部はA、「釣る」の「つ」の母音部はUだと推定する。
下らす=くDAR+OAYS+W→くDAROAYSW
呼応潜顕は起きない。OAYでは後方にある完母音素Aが顕存し、他は潜化する。
→くDARoAyす=くだRAす=くだらす
釣らす=TUR+OAYS+W→TUROAYSW
呼応潜顕は起きない。OAYではO・Yが潜化する。
→TURoAyす=つRAす=つらす

(2)四段動詞語幹末尾音素節の母音部がO・Y・W・YY・¥O¥の場合、これらはOAYと呼応潜顕することがある。呼応潜顕した場合には、OAYで、Oは顕存し、AYは潜化する。

「織る」の動詞語素はORだと推定する。「思ふ」第二音素節の母音部は¥O¥である。
[上代2] 織ロす=OR+OAYS+AU→OROAYSAU
初頭のOとOAYは呼応潜顕し、共にOになる。
→OROaySaU=OROSU=おロ乙す
思ほして=おM¥O¥P+OAYS+¥¥+T¥∀¥
→おM¥O¥POAY ―S¥ ―j{T¥∀j}
¥O¥とOAYは呼応潜顕し、共にOになることがある。
→おMjOjPOayして=おMOPOして=おモ乙ほして

(3)いオ呼応潜顕。

山田孝雄は、「思ふ」「織る」に「す」が続いた場合に「思ほす」「織ロす」になる理由を、「は」「ら」が「おも」「お」の感化によりて「ほ」「ろ」となれる」と説明する(『奈良朝文法史』234頁)。だが、「聞かす」「知らす」が「聞コす」「知ロす」になる理由については、「かく音の転じたる確なる理由を知らず」という(同書235頁)。山田説は“「オ」段音節に「あ」段音節が続いた場合、「あ」段音節は、「感化」によって、直前音節と同じ「オ」段音節に転じる”というものだから、「きコす」「しロす」のように「い甲・い丙」段直後の音節が「オ乙」段に転じる理由を説明できない。
私の呼応潜顕説は音素単位で音韻転化の遷移過程を論じるものだから、「きコす」「しロす」になる遷移過程を以下のように説明できる。
Yを含む母音部とOを含む母音部は次のように呼応潜顕する。
〔Yを含む母音部があり、その後の音素節にOを含む母音部がある〕場合、前者ではYが一つだけ顕存し、後者ではOが一つだけ顕存することがある。
これを、いオ呼応潜顕と呼ぶ。

(4)「聞コして」「しロしめす」になる遷移過程。

「聞く」は、現代語で い音便になるから、その本質音はKYYKだと推定する。
聞コして=KYYK+OAYS+¥¥+T¥∀¥
→KYY ―KOAY ―S¥ ―jT{¥∀j}
YYとOAYは呼応潜顕する。前者では前のYは潜化し、後のYは顕存する。後者では、Oは顕存し、他は潜化する(いオ呼応潜顕)。
→KyY ―KOayして=KY ―KOして=き甲コ乙して
「知る」の本質音はSYRだと推定する。
知ロしめす=SYR+OAYS+¥¥+めす→SYROAYS¥¥めす
SYのYとOAYは呼応潜顕する。前者ではYのみが顕存する。後者ではOのみが顕存する。
→SYROayS¥ ―jめす=SYROしめす=しロ乙しめす

(5)「言へせ」の遷移過程。

「言へせ」は動詞語素YYPに、尊敬助動詞「す=OAYS」と、その已然形コソや用法の活用語足YO¥が続いたもの。
言へせ=YYP+OAYS+YO¥→YYPOAYSYO¥
OAYとYO¥は呼応潜顕し、前者は「え甲」段に、後者は「エ乙・え丙」段になる。
→いP{OAY}S{YOj}コソ=いへ甲せコソ
{OAY}が「え甲」になることについては類似例がある。「長押」(柱と柱の間に水平に据え付けられた木材)の読みである。
長押八枝
[『大日本古文書』5巻150頁。天平宝字六年三月二十五日所載「山作所告朔解」]
「長押」の読みは『源氏物語』帚木などにより、「なげし」だと解る。
形容詞語幹「長」は「なGA」だと推定する。「押す」の動詞語素は、第31章で述べたように、OYSだと推定する。
長押=長+押し=なGA+OYS+Y→なGAOYし
AOYは融合し、「え」を形成する。G{AOY}は「げ」になる。
→なG{AOY}し→なげし
このように、平安語では{AOY}は「え」になる。これは上代語で{OAY}が「え甲」を形成するのに類似する。

【4】下二段・サ変・上二段動詞に「す」が続く場合の遷移過程

《下二》 「寝」に「す」が続くと「なす」になる。
媛女ノ 寝す〈那須〉や板戸を[記上巻歌2]
「寝す」は、動詞語素N¥Ω¥にOAYSとAUが続いたもの。活用形式付加語素は節略される。
寝す=N¥Ω¥+OAYS+AU→N¥Ω¥OAYSAU
母音部¥Ω¥OAYでは後方にある完母音素Aのみが顕存し、他は潜化する。
→NjωjoAySaU=NASU=なす
《サ変》 「為」に助動詞「す」が続くと「せす」になる。
神ながら 神さビせす〈世須〉ト[万1 ―38]
「為す」は、動詞語素SYOYに、OAYSと、Wが続いたもの。活用形式付加語素は節略される。
為す=SYOY+OAYS+W→SYOYOAY ―SW
母音部YOYOAYではYOYが融合する。
→S{YOY}OAYす→S{YOY}oayす=S{YOY}す=せす
《上二》 「臥ゆ」に「す」が続くと「コやす」になる。
飯に飢て 臥やせる〈許夜勢屡〉 其ノ旅人[推古21年 紀歌104]
動詞語素「臥YW」に、OAYSと、Yと、「AYる」が続く。活用形式付加語素は節略される。
臥やせる=臥YW+OAYS+Y+AYる→コYWOAYSYAYる
YWOAYでは、Yが父音部になり、WOAYが母音部になる。母音部では、後方にある完母音素Aのみが顕存し、他は潜化する。
→コYwoAy ―S{YAY}る=コYAせる=コやせる

【5】上甲段動詞に「す」が続く場合の遷移過程

上甲段動詞は尊敬助動詞「す」に上接すると「え甲」段になる。「見」は「め甲」になる。
《連用》 つてに用法。 さかゆる時ト め甲し〈売之〉たまひ
[万20 ―4360]
《補助動詞》 「見+す」は尊敬を添える補助動詞としても用いられる。
桜花 今盛りなり 難波ノ海 押し照る宮に 聞コしめす〈売須〉な∧
「めす」「けす」の遷移過程を述べる。
《連用》 つてに用法。 「めしたまひ」は、MYに、OAYSと、活用語足¥¥と、「たまひ」が続いたもの。活用形式付加語素は節略される。
見したまひ=MY+OAYS+¥¥+たまひ
→MYOAYS¥ ―jたまひ=MYOAYしたまひ
母音部YOAYは融合する。{YOAY}は、{YOY}や{YAY}や{OAY}と同様に、「え甲」を形成する。
→M{YOAY}したまひ=め甲したまひ

【6】継体紀七年条の「吾が見せば」の「見せ」は使役の意を持つ他動詞であって、尊敬の意を持たない

継体紀七年条には、勾大兄皇子(後の安閑天皇)は春日皇女に求婚した際に、春日皇女が詠んだ歌がある。
みモロが上に 登り立ち 吾が見せば〈弥細麼〉 (中略) 誰れやし人モ 上に出て 嘆く
[継体紀7年 紀歌97。みモロの意味については『古事記歌謡全解』記歌60の段参照]
土橋寛は『古代歌謡全注釈日本書紀編』301頁でいう。「ミセという形は、見せる意の下二段他動詞ミスの未然形があるが、それではここに適合しないから、見るの敬語動詞とみるほかあるまい。」
私は土橋の論定には従えない。勾大兄皇子が求婚したことに対して春日皇女は“誰もが嘆いている”と答えたのである。このことからすれば、歌意はおおよそ次のようだと考えられる。
(貴方は国民の心情を解っていない。だから貴方を連れて)皇居の上層階に登り、長い間そこに立ち、私が(貴方に)(人々の反応ぶりを)見せたとしたら、誰もが皆、心情を露わにして、(“勾大兄皇子が春日皇女と結婚したら仁徳天皇から続く皇統はもう復活できない”と)嘆く(のを見るでしょう)。
このように考えるなら、「見せば」の「みせ」は使役の意味を持つ下二段他動詞「見す」の未然形だとするのが順当である。
そして、この「みせ」を使役の動詞だとするなら、上甲段「見」は尊敬助動詞「す」に上接するすべての用例で「め甲」になり、例外がなくなる。


§2 継続助動詞「ふ」 OAYP

【1】四段動詞に継続助動詞「ふ」が続く場合、動詞語尾は「あ」段にもなり、「オ乙・お丙」段にもなる

[上代1] 四段動詞に「ふ」が続く場合、動詞語尾は「あ」段になることが多い。
角鹿ノ蟹 横去らふ〈佐良布〉 何処に至る[応神記歌42]
い行き目守らひ〈麻毛良比〉[神武記歌14]
鄙に五年 住まひ〈周麻比〉つつ[万5 ―880]
モみち葉ノ 散らふ〈知良布〉山辺ゆ[万15 ―3704]
[上代2] 四段動詞語幹の末尾音素節が「う」段・「い丙」段の場合、動詞語尾は「オ乙・お丙」段になることがある。
常モ無く 移ロふ〈宇都呂布〉見れば[万19 ―4160]
堅塩を 取りつづしロひ〈取都豆之呂比〉[万5 ―892]

【2】継続助動詞「ふ」の本質音はOAYP

継続助動詞「ふ」の本質音はOAYPだと推定する。
四段動詞に「ふ」が続く場合、動詞語素にOAYPと活用語足が続く。
「ふ」の活用語足は動詞と同じである。

【3】四段動詞に「ふ」が続く場合の遷移過程

[上代1] 「去らふ」 住まふ」「散らふ」の遷移過程。
「去る」の「さ」の母音部はAだと推定する。
去らふ=SAR+OAYP+W→SAROAYPW
呼応潜顕は起きない。OAYでは後方にあるAが顕存し、他は潜化する。
→SARoAyPW=SARAPW=さらふ
「住む」の「す」の母音部はUだと推定する。
住まひ=SUM+OAYひ→SUMoAyひ=SUMAひ=すまひ
「散らふ」の「ち」の母音部はYだと推定する。
散らふ=TYR+OAYふ→TYROAYふ
YとOAYは呼応潜顕することもあるが、しないこともある(いオ呼応潜顕)。「散らふ」の場合は呼応潜顕は起きない。OAYでは、Aのみが顕存する。
→TYRoAyふ=TYRAふちらふ
[上代2] 「移ロふ」「つづしロひ」の遷移過程。
「移る」の「うつ」は、「うつしおみ〈宇都志意美〉」[雄略記]の母音部と同一で、Wだと推定する。
移ロふ=うTWR+OAYP+AU→うTWROAYPAU
WとOAYは呼応潜顕する。前者は顕存する。後者ではOは顕存し、AYは潜化する。
→うTWROayPaU→うTWROPU=うつロ乙ふ
「つづしロひ」の「し」の母音部はYだと推定する。
つづしロひ=つづSYR+OAYP+¥¥→つづSYROAY ―P¥¥
YとOAYは呼応潜顕する。前者ではYは顕存する。後者ではOは顕存し、AYは潜化する(いオ呼応潜顕)。
→つづSYROay ―Pj¥=つづSYRO ―P¥=つづしロ乙ひ甲
第34章 可得助動詞「ゆ・らゆ・る」「る・らる」 OAYRY

§1 上代語の可得助動詞「ゆ・らゆ・る」

自発・受動・可能の意を表す下二段活用の助動詞を可得助動詞と呼ぶ。
上代語の可得助動詞は、その終止形の現象音によるなら、「ゆ」「らゆ」「る」の三種類に分けられる。

【1】可得助動詞「ゆ」「らゆ」「る」の用例

(1)可得助動詞「ゆ」。ヤ行で下二段活用する。

「ゆ」に上接する四段動詞は、語尾が「あ」段になる場合と、「オ」段になる場合がある。
[上代1] 「ゆ」に上接する四段動詞の語尾は「あ」段になることが多い。
《終止》 思ひわづらひ 哭ノミし泣かゆ〈奈可由〉[万5 ―897]
《連用》 つてに用法。 此く行ケば 人に憎まイエ〈迩久麻延〉[万5 ―804]
[上代2] 四段動詞語幹の末尾音素節が「オ乙」段・「い甲」である場合、動詞語尾は「オ乙・お丙」段になることがある。
《連体》 心モしのに おモ乙ほゆる〈於母保由流〉かモ[万17 ―3979]
遙遙に 言ソ聞コゆる〈枳挙喩屡〉[皇極紀3年 紀歌109]
《終止》 楫ノ音聞コゆ〈伎許由〉[万15 ―3664]

(2)可得助動詞「らゆ」。ラ行で下二段活用する。下二段「寝」に続く。

《未然》 ずむ用法。 妹を恋ヒ 眠ノ寝らイエぬ〈祢良延奴〉に
[万15 ―3665]

(3)可得助動詞「る」。ラ行で下二段活用する。

《未然》 ずむ用法。 影さ∧見イエて ヨに忘られず〈和須良礼受〉
[万20 ―4322防人歌]
《連用》 つてに用法。 遠き境に 遣はされ〈都加播佐礼〉[万5 ―894]
《連体》 子らは愛しく 思はるる〈於毛波流留〉かモ[万14 ―3372東歌]
[東方] 連体形が「る」になる。
一寝ロに 言はる〈伊波流〉モノから 青嶺ロに いさよふ雲ノ 寄居り妻はモ[万14 ―3512東歌]

【2】可得助動詞「ゆ・らゆ・る」の語素構成

(1)「ゆ」「らゆ」「る」をまとめて可得助動詞「ゆ・らゆ・る」と呼ぶ。

「ゆ」「らゆ」「る」は共に下二段活用であり、“……することを得る”のような意味である。そこで「ゆ」「らゆ」「る」の語素構成は同一だと考える。これらをまとめて可得助動詞「ゆ・らゆ・る」と呼ぶ。

(2)可得助動詞「ゆ・らゆ・る」の助動詞語素の本質音はOAYRY

可得助動詞「ゆ・らゆ・る」に上接する動詞の語尾は「あ」段になることが多いが、「思ふ」「聞く」に続く場合には「オ」段になることがある。この状況は、四段動詞に尊敬助動詞「す」が続く場合に似る。その「す」の助動詞語素はOAYSである。そこで可得助動詞「ゆ・らゆ・る」の語素の初頭にはOAYがあると考える。
可得助動詞「ゆ・らゆ・る」はヤ行(Y行)で活用することが多いが、ラ行(R行)で活用することもある。そこで「ゆ・らゆ・る」の語素の末尾には双挟音素配列YRYがあると考える。
以上のことから可得助動詞「ゆ・らゆ・る」の助動詞語素の本質音はOAYRYだと推定する。
「ゆ・らゆ・る」は下二段活用するから、助動詞語素OAYRYの後に、下二段の段付加語素¥Ω¥と、下二段の活用形式付加語素WRWが続く。
「ゆ・らゆ・る」の活用語足は動詞の活用語足と同じである。
「ゆ・らゆ・る」は動詞の活用語胴に続く。動詞の活用語胴に「ゆ・らゆ・る」が続く用法を語胴形可得用法と呼ぶ。

【3】語胴形可得用法の遷移過程

(1)語胴形可得用法の遷移の仕方は大きく二通りに分けられる。

語胴形可得用法の場合、OAYRYで二通りの遷移が起きる。
第一。まず、YがRを双挟潜化する。その後、OAYで潜顕が起きる。この場合は「ゆ」あるいは「らゆ」になる。
第二。まず、OAYで潜顕が起きて、Yが潜化する。Rは双挟潜化されずに顕存する。この場合は「る」になる。

(2)「ゆ・らゆ・る」が四段動詞に続いて「ゆ」になる遷移過程。

[上代1] 四段動詞の語尾が「あ」段になる。
《終止》 泣かゆ=泣K+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→泣KOAYRY¥Ω¥WRWW
YはRを双挟潜化する。¥Ω¥WRWWでは、WはRを双挟潜化する。
→なKOAYrY¥Ω¥WrWW=なKOAYY¥Ω¥WWW
KOAとYYの間で音素節が分離する。YY¥Ω¥WWWではYYが父音部になる。
→なKOA ―YY¥Ω¥WWW→なKoA ―Yy¥Ω¥WWW
→なKA ―YjωjWWW→なかYwwW=なかYW=なかゆ
[上代2] 「思ほゆる」「聞コゆ」の遷移過程。
《連体》 思ほゆる=おM¥O¥P+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→おM¥O¥POAYRY¥Ω¥WRWAU
POAの前後で音素節が分離する。YRYではYがRを双挟潜化する。
→おM¥O¥ ―POA ―YrY¥Ω¥WRWAU
¥O¥とOAは呼応潜顕し、双方ともOになる。
→おMjOj ―POa ―YY¥Ω¥WRWAU
YY¥Ω¥WではYYが父音部になり、¥Ω¥Wが母音部になる。
母音部¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。WAUではUは顕存し、WAは潜化する。これに呼応して、¥Ω¥WではWは顕存し、他は潜化する。
→おMO ―PO ―YYjωjW ―RwaU→おモほYYW ―RU
→おモほYyWる=おモほYWる=おモほゆる
《終止》 聞コゆ=KYYK+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
熟合した後、YはRを双挟潜化する。WはRを双挟潜化する。
→KYYKOAYrY¥Ω¥WrWW=KYYKOAYY¥Ω¥WWW
KOAの前後で音素節が分離する。
→KYY ―KOA ―YY¥Ω¥WWW
KYYのYYとKOAのOAは呼応潜顕する。前者では前のYが潜化する。後者ではOは顕存し、Aは潜化する(いオ呼応潜顕)。
→KyY ―KOa ―Yy¥Ω¥WWW→KY ―KO ―YjωjWWW
→KY ―KO ―YwwW=KY ―KO ―YW=き甲コ乙ゆ

(3)「ゆ・らゆ・る」が下二段動詞に続いて「らゆ」になる遷移過程。

「寝らイエぬ」の語素構成は、「寝」の動詞語素N¥Ω¥に、WRWと、可得助動詞の語素OAYRYと¥Ω¥とWRWと、「∀+ぬ」が続いたもの。
寝らイエぬ=N¥Ω¥+WRW+OAYRY+¥Ω¥+WRW+∀+ぬ
熟合した後、YはRを双挟潜化する。またWRW∀ではWはRを双狭潜化する。
→N¥Ω¥WRWOAYrY¥Ω¥WrW∀ぬ
RWOAの前後で音素節が分離する。二つある¥Ω¥は共に融合する。
→N{¥Ω¥}W ―RWOA ―YY{¥Ω¥}WW∀ぬ
→N{¥Ωj}w ―RwoA ―YY{¥Ωj}wwαぬ
→N{¥Ωj} ―RA ―Yy{¥Ωj}ぬ=ねらイエぬ

(4)「ゆ・らゆ・る」が四段動詞に続いて「る」になる遷移過程。

《連用》 つてに用法。 遣はされ=遣はS+OAYRY+¥Ω¥+WRW+¥¥
→つかはSoAy ―RY¥Ω¥WrW¥¥
→つかはSA ―RY{¥Ω¥}WW¥¥→つかはさ ―Ry{¥Ωj}wwjj
→つかはさ ―R{¥Ωj}=つかはされ
[東方]《連体》 言はる=言P+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→いPOAY ―RY¥Ω¥WRWAU
双挟音素配列RY¥Ω¥WRでは、RがY¥Ω¥Wを双挟潜化する。
→いPoAy ―RyjωjwRWAU→いPA ―RRwaU
→いはRrU=いはRU=いはる


§2 平安語の可得助動詞「る・らる」の遷移過程

【1】平安語の可得助動詞「る・らる」の語素構成は上代語の「ゆ・らゆ・る」と同一

平安語では、自発・受動・可能・尊敬を表す「る」「らる」がある。それらの助動詞語素は上代語の「ゆ・らゆ・る」と同一で、OAYRYである。
平安語の「る」「らる」をまとめて可得助動詞「る・らる」と呼ぶ。
「る・らる」は動詞の活用語胴に続く。
「る・らる」は、四段動詞などに下接すれば「る」になり、下二段動詞などに下接すれば「らる」になる。

【2】四段動詞に続く「る・らる」が「る」になる遷移過程

《連体》 物に襲はるるやうにて、あひ戦はむ心もなかりけり。[竹取物語]
襲はるる=襲P+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→襲POAYRY¥Ω¥WRWAU
平安語ではOAYとRYの間で音素節が分離する。
→襲POAY ―RY¥Ω¥W ―RWAU
Y¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。Y¥Ω¥WではWのみが顕存する
→襲PoAy ―RyjωjW ―RwaU=襲PA ―RW ―RU=おそはるる

【3】下二段・サ変に続く「る・らる」が「らる」になる遷移過程

《下二》 舅にほめらるる婿。[枕草子72段]
誉めらるる=誉M+¥Ω¥+WRW+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→ほM¥Ω¥W ―RWOAY ―RY¥Ω¥W ―RWAU
→ほM{¥Ω¥}W ―RwaAy ―RyjωjW ―RwaU
→ほM{¥Ωj}w ―RA ―RW ―RU=ほメらるる
《サ変》 秋のよの ねさめせらるる おりにしもふく
[玉葉和歌集4 ―540]
為らるる=SYOY+YWRY+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→SYOYYW ―RYOAY ―RY¥Ω¥W ―RWAU
→S{YOY}YW ―RyoAy ―RyjωjW ―RwaU
平安語・現代語では{YOY}の末尾にあるYは潜化すると考える。
→S{YOy}yw ―RA ―RW ―RU=S{YOy}らるる=せらるる


§3 現代語の可得助動詞「れる」「られる」の遷移過程

【1】現代語の可得動詞「れる」「られる」の語素構成は上代語「ゆ・らゆ・る」・平安語「る・らる」と同一

現代語では、自発・受動・可能・尊敬を表す「れる」「られる」がある。それらの助動詞語素は上代語「ゆ・らゆ・る」・平安語「る・らる」と同一で、OAYRYである。
現代語の「れる」「られる」をまとめて可得助動詞「れる・られる」と呼ぶ。
「れる・られる」は動詞の活用語胴に続く。

【2】終止形「泣かれる」、連体形「誉められる」の遷移過程

《終止》 現代語「泣かれる」の語素構成は上代語「泣かゆ」と同一である。
泣かれる=泣K+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→なKOAY ―RY¥Ω¥W ―RWW→なKoAy ―RY{¥Ω¥}W ―RwW
=なKA ―Ry{¥Ωj}w ―RW=なかR{¥Ωj}る=なかれる
《連体》 現代語連体形「誉められる」の語素構成は平安語「ほめらるる」と同一である。
誉められる=誉M+¥Ω¥+WRW+OAYRY+¥Ω¥+WRW+AU
→ほM{¥Ω¥}W ―RwoAy ―RY{¥Ω¥}W ―RwaU
→ほM{¥Ωj}w ―RA ―Ry{¥Ωj}w ―RU=ほメられる

【3】詞終止形「見られる」の遷移過程

《終止》 見られる=MY+YRY+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→MYY ―RYOAY ―RY¥Ω¥W ―RWW
→MyY ―RYoAy ―RY{¥Ω¥}W ―RwW
→MY ―RA ―Ry{¥Ωj}w ―RW=みらR{¥Ωj}る=みられる

【4】「聞かれる」と「聞こえる」の遷移過程

現代語には、受動を表す「聞かれる」と可能を表す「聞コえる」があるが、これらの語素構成は共に上代語「聞コゆ」と同一である。
《受動》 聞かれる=KYYK+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→KYY ―KOAY ―RY¥Ω¥W ―RWW
→KyY ―KoAy ―Ry{¥Ωj}w ―RwW
→KY ―KA ―R{¥Ωj} ―RW=きかれる
《可能》 聞こえる→KYY ―KOAYRY¥Ω¥W ―RWW
YはRを双挟潜化する。
→KYY ―KOAYrY¥Ω¥W ―RwW→KYY ―KOAY ―Y¥Ω¥Wる
YYとOAYは呼応潜顕する。前者では前のYが潜化する。後者ではOのみが顕存する(いオ呼応潜顕)。
→KyY ―KOay ―Y{¥Ωj}wる→KY ―KO ―y{¥Ωj}る=きコえる

【5】終止形「来られる」「される」の遷移過程

《終止》 来られる=K¥O¥+YWRY+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→K¥O¥YW ―RYOAY ―RY{¥Ω¥}W ―RWW
→KjOjyw ―RyoAy ―Ry{¥Ωj}w ―RwW
=KO ―RA ―R{¥Ωj}る=コられる
《終止》 為れる=SYOY+YWRY+OAYRY+¥Ω¥+WRW+W
→SYOYYWRYOAY ―RY{¥Ω¥}W ―RWW
YWRYでは、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrYOAY ―Ry{¥Ωj}w ―RwW
→SYOYYYOAY ―R{¥Ωj} ―RW
母音部YOYYYOAYでは後方にある完母音素Aは顕存し、他は潜化する。
→SyoyyyoAyれる=SAれる=される