第39章 東方語「来なに」「付かなな」

§1 東方語で「な」「の」に変化する助詞「に」の本質音

【1】近畿語で「しもつ枝」が「しづ枝」になる理由。

雄略記歌99では「下つ枝〈斯毛都延〉」が「しづ枝〈斯豆延〉」とも記される。「しもつ」の「も甲つ」が「づ」になる遷移過程を述べる。
「お甲」を形成する本質音は種々あるが、「しも甲」第二音素節はM∀W∀だと推定する。∀W∀は三音素とも潜化することがあると考える。
[上代1] 下つ=しM∀W∀+TU→しM{∀W∀}つ=しも甲つ
[上代2] 下づ→しM∀W∀TU→しMαwαTU
→し{MT}U=しDU=しづ

【2】助詞「に」が「に」「な」「の」になる遷移過程。

助詞「に」は、近畿語では「に」(「青山に〈迩〉[記上巻歌3b])だが、東方語では「な」「の甲」に変化する。
[東方1] 安努な〈奈〉行かむト 墾りし道 阿努は行かずて
[万14 ―3447東歌]
宵な〈奈〉は来なに 明けぬ時来る[万14 ―3461]
[東方2] 吾の〈努〉 取りつきて 言ひし子なはモ[万20 ―4358東歌]
「な」「の甲」に転じる助詞「に」の本質音はN∀W∀¥だと推定する。
∀W∀の部分は「下」第二音素節「も甲」の母音部と同一であり、融合すれば「お甲」になるが、三音素とも潜化することもある。
[近畿] 母音部∀W∀¥で∀W∀が潜化する。
に=N∀W∀¥→NNαwα¥=N¥=に
[東方1] 母音部∀W∀¥で、∀がWを双挟潜化する。
な=N∀W∀¥→N∀w∀¥=N∀∀¥
二連続する∀はひとまず顕存し、¥は潜化する。
→N∀∀j=N∀∀→Nα∀=N∀=な
[東方2] 母音部∀W∀¥で∀W∀が融合する。
の=N∀W∀¥→N{∀W∀}¥→N{∀W∀}j=N{∀W∀}=の甲
「に」「な」「の甲」に変化する助詞を助詞「に・な・の」とも表記する。


§2 東方語「来なに」「付かなな」の遷移過程

【1】近畿語「寝ずに」の「ずに」の語素構成

動詞未然形に「ずに」が続く用例がある。
眠モ寝ずに〈祢受尓〉[万17 ―3969]
「寝ずに」の「寝」は未然形。「ず」は否定助動詞であり、助詞「に」に上接するから連用形つてに用法である。
否定助動詞「ず」の連用形つてに用法の活用語足は¥¥だと推定する。
[近畿] 寝ずに=N¥Ω¥+WRW+∀+N¥+SU+¥¥+N∀W∀¥
→N¥Ω¥WRW∀ ―N¥SU¥ ―¥N∀W∀¥
→N{¥Ω¥}WrW∀ ―NjSU¥ ―jNαwα¥
→N{¥Ωj}wwα ―{NS}Uj ―N¥
=N{¥Ωj} ―ZU ―N¥=ねずに

【2】東方語「来なに」の遷移過程

宵なは来なに〈許奈尓〉 明けぬ時来る[万14 ―3461]
「来なに」は、「来」の未然形「コ」に、東方語の否定助動詞「なふ」の連用形つてに用法「な」と、助詞「に」が続いたもの。
連用形つてに用法「な」の語素構成・遷移過程について述べる。
東方語否定助動詞「なふ」の終止・未然・連体・已然では、段付加語素AOPが用いられる。だが、連用形で段付加語素が用いられるとは限らない。近畿語でも、否定助動詞「ず」の連体形「ぬ」・已然形「ね」では段付加語素SUは用いられない。そして近畿語の連用形つてに用法「知らに」[応神記歌44]の「に」においては段付加語素SUは用いられない。これと同様、東方語否定助動詞の連用形つてに用法「な」においても段付加語素は用いられず、助動詞語素N¥に活用語足が続く。
連用形つてに用法「な」の活用語足はAだと推定する。
《連用》 つてに用法。 来なに=K¥O¥+YWRY+∀+N¥+A+に
→K¥O¥YwrY∀N¥Aに→K¥O¥YY∀ ―NjAに
→KjOjyyα ―NAに=KOなに=コ乙なに

【3】東方語「付かなな」「為なな」の遷移過程

(1)「付かなな」の遷移過程。

寝には付かなな〈都可奈那〉 吾に寄居り[万14 ―3408]
「付かなな」の「なな」の品詞分解について、沢瀉久孝は『万葉集注釋巻第十四』95頁で、「上の「な」は否定の助動詞の未然形であり、下の「な」は(中略)「与比奈波許奈尓」(三四六一)の「に」と同じく、東国語特有の助詞と見るべき」だという。
この沢瀉説については同意できる点とできない点がある。
「付かなな」の末尾にある「な」は、「来なに」と対比すれば解るように、助詞「に・な・の=N∀W∀¥」である。この「な」は、「東国語特有の助詞」ではなく、近畿語「に」の音韻転化したものである。
「付かな」の「な」については、これを東方語の否定助動詞だとする点では沢瀉に従うが、未然形だとする点には賛同できない。東方語の否定助動詞の未然形は「なは」であって、「な」ではない。「付かな」の「な」は、助詞「に・な・の」に上接するから、否定助動詞「なふ」の連用形つてに用法である。
《連用》 つてに用法。 付かなな=付K+∀+N¥+A+N∀W∀¥
→つK∀N¥AN∀W∀¥→つかN¥A ―N∀W∀¥
¥Aと∀W∀¥は呼応潜顕し、共に「あ」になる。∀W∀¥では、まず、∀がWを双挟潜化する。
→つかNjAN∀w∀¥→つかNAN∀∀j→つかNANα∀=つかなな
なお、「吾れさ∧に 君に付きなな〈都吉奈那〉」[万14 ―3514東歌]の「付きなな」は、福田良輔が「東歌の語法」『万葉集大成6言語編』255頁でいうように、「付く」に、完了助動詞「ぬ」の未然形と、願望を表す「な」が続いたものである。

(2)「為なな」の遷移過程。

末枯れ為なな〈勢奈那〉 常葉にモがモ[万14 ―3436東歌]
「せなな」の「せ」はサ変動詞の未然形ずむ用法。その直後の「な」は否定助動詞「なふ」の連用形つてに用法。末尾の「な」は助詞「に・な・の」である。
為なな=SYOY+YWRY+∀+N¥+A+N∀W∀¥
→SYOYYwrY∀ ―NjA ―N∀w∀¥
→S{YOY}yyα ―NA ―N∀∀j→S{YOY}なNα∀=せなな