第41章 助動詞「り」がカ変・サ変・上甲段・下二段・上二段の動詞に続く遷移過程

§1 助動詞「り」がカ変・サ変・上甲段・下二段・上二段に続く遷移過程

【1】完了存続助動詞「り」は四段・サ変・カ変・上甲段・下二段・上二段の動詞に続く

濱田敦は「助動詞」『万葉集大成第六巻』95~96頁の〔り〕の項で、完了存続助動詞「り」を「あり」が「四段形式動詞の語幹に接してそれに融合し」たものだとし、四段「浮けり〈宇家里〉」[万15 ―3627]・カ変「使ひノ来れば〈家礼婆〉嬉しみト」[万17 ―3957]・サ変「廬り為るらむ〈西留良武〉」[万10 ―1918]・上甲「此ノ吾が着る〈家流〉妹が衣ノ」[万15 ―3667]・下二段「仲定める〈佐陀売流〉思ひ妻」[允恭記歌88]などの用例を挙げる。
濱田は上二段動詞に続く「り」を完了存続助動詞とは認定しない。“動詞語尾が「え甲・え丙」段になって「り」に上接する”ものだけを完了存続助動詞と考えたからである。だが、“「り」は「え甲・え丙」段の語尾のみに続く”と限定する理由はどこにもない。動詞に「り」が続いて完了・存続を表すなら、その「り」を完了存続助動詞と認めるべきである。上二段動詞に「り」が続く「臥やる」「臥やり」がその用例で、軽太子が軽大郎女を思って詠んだ歌の中にある。
仲定める 思ひ妻 あはれ 槻弓ノ 臥やる〈許夜流〉臥やり〈許夜理〉モ 梓弓 立てり〈多弖理〉立てり〈多弖理〉モ 後モ取り見る 思ひ妻 あはれ[允恭記歌88]
「槻弓ノ 臥やる臥やりモ」は「梓弓立てり立てりモ」と対句になる。その「立てり」は動詞に完了存続助動詞「り」が続いたものである。よって「臥やる」「臥やり」も、動詞に完了存続助動詞「り」が続いたものと認めるのが順当である。
『時代別国語大辞典上代編』の「こやる」の項は、この語を「臥し橫たわっている」と訳す。これは「臥ゆ+完了存続助動詞り」の訳と同じである。意味から考えても「臥やり」の「り」は完了存続助動詞と認めるべきである。
允恭記歌88の歌意について。土橋寛は『古代歌謡全注釈古事記編』315頁で、「臥やる臥やりモ」について、「「槻弓」の述語で、弓が橫に置かれている状態をいう」といい、「立てり立てりモ」について「「梓弓」の述語。(中略)弓が立てて置いてある状態。」という。
私見は土橋説とは異なる。「梓弓」と「立てり立てりモ」は、主語・述語の関係ではない。軽太子の時代の人なら、「梓弓」と聞けば、宇遅ノ和紀郎子の歌に「梓弓」があったことを想いおこし、その直前に「立てる」とあったことを想いおこす。「渡り瀬に立てる梓弓」[応神記歌51]である。軽太子の「梓弓」は、既存の歌詞を用いて「立てる」「立てり」を呼びおこす想起詞である。「梓弓」は歌意の根幹にはあずからない。
「立てり」の「り」は完了存続助動詞の連用形の形で、体言を表す。「立てり」は“立ち上がり、そのまま立ち続ける状況”であり、転じて“活動している状況”“起きている場合”の意を表す。「立てり立てり」の主語は作者軽太子である。
「槻弓ノ臥やる臥やりモ」は「梓弓立てり立てり」と同様の構文である。「槻弓ノ」は「臥やる」「臥やり」を呼びおこす想起詞であり、歌意の根幹にはあずからない(「槻弓ノ」が「臥やる」を想起させる理由については『古事記歌謡全解』記歌88の段参照)。
「臥やり」は“横になり、そのまま仰臥し続ける状況”であり、転じて“寝床で橫になっている状況”“寝ている場合”の意を表す。「臥やる臥やり」の主語は軽太子である。
「槻弓ノ臥やる臥やりモ梓弓立てり立てりモ後モ取り見る思ひ妻」の意味は、“(私が)寝ている時も起きている時も、そして死後もずっと、妻にえらび取り、見つめ続ける愛妻だよ、(あなたは)”である。

【2】動詞に助動詞「り」が続く際の遷移過程

完了存続助動詞「り」は、動詞・助動詞の語素形Y用法に続く。
《カ変》 来れば=K¥O¥+Y+AYれば→K¥O¥YAYれば
→K¥O¥{YAY}れば→Kjoj{YAY}れば=K{YAY}れば=け甲れば
《サ変》 為るらむ=SYOY+Y+AYR¥¥+WWら+む
→SYOYYAYR¥¥WWらむ→SYOYYAYRjjWWらむ
母音部YOYYAYではYAYが融合する。
→SYOY{YAY}RwWらむ→Syoy{YAY}RWらむ
=S{YAY}るらむ=せるらむ
《上甲》 着る=KY+Y+AYる→KYYAYる
→KY{YAY}る→Ky{YAY}る=K{YAY}る=け甲る
《上二》 「臥ゆ」は、「臥い伏し〈許伊布之〉」[万17 ―3962]の用例があるから、ヤ行で活用する上二段活用である。「臥ゆ」の動詞語素は「臥YW」だと推定できる。
臥やり=臥YW+Y+AYり→コYWYAYり
YWYではYはWを双挟潜化する。
→コYwYAYり=コYYAYり
YYAYでは、YYが父音部になり、AYが母音部になる。父音部YYでは前のYは顕存し、後のYは潜化する。
→コYyAyり=コYAり=コやり
《下二》 定める=定M+¥Ω¥+Y+AYる→さだM¥Ω¥YAYる
¥Ω¥YAYでは、YAYが融合する。
→さだM¥Ω¥{YAY}る→さだMjωj{YAY}る
=さだM{YAY}る=さだめ甲る


§2 東方語「勝ちめり」の語素構成・遷移過程

並べて見れば 乎具佐勝ちめり〈可知馬利〉[万14 ―3450]
動詞連用形に続く「めり」は、北条忠雄が『上代東国方言の研究』114頁でいうように、「見イエ+有り」が縮約した語で、“……のように見える”の意を添える語である。
「勝ち」は動詞語素「勝T」に連用形つてに用法の活用語足¥¥が続いたもの。「めり」は、「見」の動詞語素MYに、下二段「得」の動詞語素¥Ω¥と、語素形Y用法の活用語足Yと、ラ変「有り」が続いたもの。
勝ちめり=勝T+¥¥+MY+¥Ω¥+Y+AYり
→かT¥ ―¥MY¥Ω¥YAYり
母音部Y¥Ω¥YAYではYAYが融合する。
→かち ―jMY¥Ω¥{YAY}り→かちMyjωj{YAY}り
=かちM{YAY}り=かちめ甲り