第47章 自動詞「消」の活用が上代語ではカ行下二段、平安語ではヤ行下二段に変化する理由

§1 平安語下二段活用の一般的な遷移過程

平安語の下二段活用動詞の一般的な遷移過程を述べる。
《未然》 ずむ用法。 女はかくもとめむ[源氏物語夕霧]
求めむ=求M+¥Ω¥+WRW+∀+む→もとM{¥Ω¥}WrW∀む
→もとM{¥Ωj}wwαむ=もとM{¥Ωj}む=もとメむ
《連用》 体言用法。 はじめよりわれはと思ひあがり給へる
[源氏物語桐壺]
初め=初M+¥Ω¥+WRW+Y→はじM{¥Ω¥}WrWY
→はじM{¥Ωj}wwy=はじM{¥Ωj}=はじメ
《終止》 いとひがてらにもとむなれど[源氏物語胡蝶]
求む=求M+¥Ω¥+WRW+W→もとM¥Ω¥WrWW
→もとMjωjWWW→もとMwwW=もとMW=もとむ
《連体》 きずをもとむる世に[源氏物語紅葉賀]
求むる=求M+¥Ω¥+WRW+AU→求M¥Ω¥WRWAU
¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。後者ではWAが潜化する。これに呼応して、前者ではWは顕存し、¥Ω¥は潜化する。
→もとMjωjW ―RwaU=もとMW ―RU=もとむる
《已然》 接続用法。 空蝉の からは木ごとに とどむれど
[古今和歌集10 ―448]
留むれど=留M+¥Ω¥+WRW+YO¥M+TO
→とどM¥Ω¥WRW{YOj}ど
¥Ω¥WとW{YOj}は呼応潜顕する。後者では{YOj}は顕存し、Wは潜化する。これに呼応して、前者ではWは顕存し、他は潜化する。
→とどMjωjW ―Rw{YOj}ド=とどMW ―R{YOj}ド
=とどむれド
《命令》 浪にもとめよ 舟みえずとも[後撰和歌集19 ―1345]
求めよ=求M+¥Ω¥+WRW+YOY→もとM¥Ω¥WrWYOY
→もとM{¥Ωj}ww ―YOy=もとM{¥Ωj} ―YO=もとメヨ


§2 自動詞「消」が上代語ではカ行下二段、平安語ではヤ行下二段、現代語でア行下一段になる理由

【1】自動詞「消」の上代語・平安語・現代語での活用

(1)上代語での用例。

自動詞「消」は、上代語では一字一仮名表記の用例ではカ行下二段活用する(上代語でも一字一仮名表記でなければヤ行下二段の「消ゆト言ふ〈消等言〉」[万2 ―217]がある)。
《未然》 ずむ用法。 「ケ」になる。
降り置ける雪ノ 常夏に 消ず〈気受〉てわたるは[万17 ―4004]
《語胴》 YYぬ用法。 「ケ」になる。
早くな散りソ 雪は消ぬ〈気奴〉トモ[万5 ―849]
《語胴》 WWら用法。 「く」になる。
立山ノ 雪し消らし〈久良之〉モ[万17 ―4024]

(2)平安語での用例。

ヤ行で下二段活用する。
《連用》 つてに用法。 ふるしらゆきの したきえに きえて物思ふ ころにもあるかな[古今和歌集12 ―566]
《連体》 春たては きゆる氷の のこりなく[古今和歌集11 ―542]

(3)現代語ではア行で下一段活用する。六活用形は次のようである。用例は略す。

きえ  きえ  きえる  きえる  きえれ きえろ

【2】「消」の動詞語素

「消」の動詞語素はKYYだと推定する。
「消」の活用語胴は「KYY+¥Ω¥+WRW」である。

【3】上代語カ行下二段活用「消」の遷移過程

《未然》 ずむ用法。 消ず=KYY+¥Ω¥+WRW+∀+ず
→KYY{¥Ω¥}WrW∀ず→KYY{¥Ωj}WW∀ず
母音部YY{¥Ωj}WW∀では融合音{¥Ωj}は顕存し、他は潜化する。
→Kyy{¥Ωj}wwαず=K{¥Ωj}ず=ケ乙ず
《語胴》 YYぬ用法。 消ぬ=KYY+¥Ω¥+WRW+YYぬ
→KYY{¥Ω¥}WrWYYぬ→KYY{¥Ωj}WWYYぬ
→Kyy{¥Ωj}wwyyぬ=K{¥Ωj}ぬ=ケ乙ぬ
《語胴》 WWら用法。 消らし=KYY+¥Ω¥+WRW+WWら+し
→KYY¥Ω¥WrWWWらし=KYY¥Ω¥WWWWらし
母音部YY¥Ω¥WWWWでは、末尾で四連続するWはひとまず顕存し、YY¥Ω¥は潜化する。
→KyyjωjWWWWらし→KwwwWらし=KWらし=くらし

【4】平安語ヤ行下二段活用「消ゆ」の遷移過程

平安語「消ゆ」の活用語胴・活用語足は上代語「消」と同一である。
《連用》 つてに用法。 消えて=KYY+¥Ω¥+WRW+¥¥+て
→KYY¥Ω¥WRW¥ ―¥て
KYの直後で音素節が分離する。WはRを双挟潜化する。¥Ω¥は融合する。
→KY ―Y¥Ω¥WrW¥ ―jて→きY{¥Ω¥}WW¥ ―て
→きY{¥Ωj}wwj ―て=きY{¥Ωj}て
平安語・現代語ではY{¥Ωj}の父音部Yは潜化する。
→きy{¥Ωj}て=きえて
《連体》 消ゆる=KYY+¥Ω¥+WRW+AU→KYY¥Ω¥WRWAU
→KY ―Y¥Ω¥WRWAU
¥Ω¥WとWAUは呼応潜顕する。後者ではUは顕存し、WAは潜化する。これに呼応して、前者ではWは顕存し、¥Ω¥は潜化する。
→きYjωjW ―RwaU=きYW ―RU=きゆる

【5】現代語ア行下一段活用「消える」の遷移過程

現代語「消える」の活用語胴・活用語足は上代語「消」・平安語「消ゆ」と同一である。
《連体》 消える→KYY¥Ω¥WRWAU→KY ―Y¥Ω¥WRWAU
¥Ω¥が融合する。WAUでは、WAが潜化する。
→き ―Y{¥Ω¥}W ―RwaU→き ―Y{¥Ωj}w ―RU
→き ―y{¥Ωj}る=きえる