第51章 現代語の動詞活用の遷移過程

§1 上一段・サ変・カ変および五段(上代語ではナ変)の終止形の遷移過程

【1】現代語RYW潜顕遷移

現代語では、動詞終止形本質音の末尾三音素がRYWであれば、RYW直前で音素節が分離し、そのYが潜化して、終止形語尾は「る」になる。
これを現代語RYW潜顕遷移と呼ぶ。

【2】現代語上一段・下二段・サ変・カ変の終止形の遷移過程

(1)終止形本質音の末尾がYRYWである動詞の遷移過程。

《上一(上代語では上甲段)》 見る=MY+YRY+W→MYYRYW
RYWの直前で音素節が分離する(現代語RYW潜顕遷移)。
→MYY ―RYW
母音部YYでは、後のYは顕存し、前のYは潜化する。
母音部YWでは、後方にあるWは顕存し、前方にあるYは潜化する。
→MyY ―RyW=MY ―RW=みる
《上一(上代語では上乙段)》 居る=WY+YRY+W→WYYRYW
→WYY ―RYW→WyY ―RyW=WY ―RW
現代語では、音素節WYではWはワ行を形成できずに潜化する。
→wYる=いる
《上一(上代語では上二段)》 起きる=起KW+YRY+W→おKWYRYW
KWYではWが潜化する(現代語W潜化遷移)。
→おKwY ―RYW→おKY ―RyW=おKY ―RW=おきる

(2)終止形本質音の末尾がYWRYWである動詞終止形の遷移過程。

《サ変》 為る=SYOY+YWRY+W→SYOYYWRYW
二つの母音部YOYYWとYWは呼応潜顕する。後者では後方にあるWは顕存し、前方にあるYは潜化する。これに呼応して、前者ではWのみが顕存し、他は潜化する。
→SyoyyW ―RyW=SW ―RW=する
《カ変》 来る=K¥O¥+YWRY+W→K¥O¥YWRYW
二つの母音部¥O¥YWとYWは呼応潜顕する。後者では後方にあるWは顕存し、前方にあるYは潜化する。これに呼応して、前者ではWのみが顕存し、他は潜化する。
→KjojyW ―RyW=KW ―RW=くる


§2 上一段・サ変・カ変の命令形の遷移過程

《上一(上代語では上甲段)》 見ろ=MY+YRY+YOY
→MYYRYYOY→MyY ―RyyOy→MY ―RO=みロ
《上一(上代語では上二段)》 起きろ=起KW+YRY+YOY
→起KWYRYYOY
KWYでは、Wは潜化する(現代語W潜化遷移)。
→おKwYRYYOY→おKY ―RyyOy=おき ―RO=おきロ
《サ変》 為ろ=SYOY+YWRY+YOY→SYOYYWRYYOY
YOYYWとYYOYは呼応潜顕する。後者ではOは顕存して他は潜化する。これに呼応して、前者では後部にあるYは顕存し、他は顕存する(いオ呼応潜顕)。
→SyoyYw ―RyyOy=SY ―RO=しロ
《カ変》 来い=K¥O¥+YWRY+YOY→K¥O¥YWRYYOY
O¥YWRYYOでは、WRはYに双挟され、¥YWRYYはOに双挟されている。この場合、まず、YがWRを双挟潜化する。
→K¥O¥YwrYYOY→K¥O¥YYYOY
O¥YYYOでは、Oは¥YYYを双挟潜化する。
→K¥OjyyyOY=K¥OOY
K¥OOとYの間で音素節が分離する。
→K¥OO ―Y→KjOO ―Y→KoO ―Y=KO ―Y=コい


§3 意志形「行こう」「見よう」「起きよう」「居よう」「為よう」「来よう」の遷移過程

【1】現代語五段活用動詞の意志形

動詞に意志助動詞「む」が続くと、現代語では動詞語尾が「お」段になり、「む」は「う」に変化する。現代語のこの活用を意志形と呼ぶ。
上代語の四段活用動詞は、現代語では、意志形が付加されて、五段に活用する。

【2】意志形「行こう」「見よう」「起きよう」「居よう」「為よう」「来よう」の遷移過程

《五段》 現代語「行こう」の語素構成は上代語「行かむ」と同一である。
行こう=行K+∀+MΩ+W→いK∀MΩW
K∀とMΩWの間で音素節が分離する。MΩWでは、MΩが父音部になり、Wが母音部になる。父音部MΩでは、父音素Mは潜化し、兼音素Ωが顕存する。
→いK∀ ―MΩW→いK∀ ―mΩW=いK∀ ―ΩW
K∀とΩWはあらためて熟合し、一つの音素節になる。∀ΩWは融合する。{∀ΩW}は長音「おー」になる。現代語の仮名遣では「こー」は「こう」と表記される。
→いK∀ΩW→いK{∀ΩW}=いこー=いこう
《上一(上代語の上甲段)》 「見よう」の語素構成は上代語「見む」と同一である。
見よう→MYYRY∀MΩW→MYYrY∀ ―MΩW
父音部MΩでは、Mは潜化し、Ωは顕存する。
→MYYY∀ ―mΩW=MYYY∀ ―ΩW
MYYY∀とΩWはあらためて熟合する。∀ΩWは融合する。MYYとY{∀ΩW}の間で音素節が分離する。
→MYYY∀ΩW→MYY ―Y{∀ΩW}→MyY ―Y{∀ΩW}
=MY ―Y{∀ΩW}=みよー=みよう
《上一(上代語の上二段)》 起きよう=起KW+YRY+∀+MΩ+W
→おKWYRY∀MΩW
KWYではWは潜化する(現代語W潜化遷移)。
→おKwYRY∀ ―MΩW→おKYrY∀ ―mΩW=おKYY∀ ―ΩW
KYY∀とΩWはあらためて熟合し、∀ΩWは融合する。
KYの直後で音素節が分離する。
→おKYY{∀ΩW}→おKY ―Y{∀ΩW}=おきよー=おきよう
《上一(上代語の上乙段)》 居よう=WY+YRY+∀+MΩ+W
→WYYRY∀MΩW→WYYrY∀ ―mΩW→WYYY∀ ―ΩW
→WYYY∀ΩW→WYY ―Y{∀ΩW}→wYY ―Y{∀ΩW}=いよー
=いよう
《サ変》 為よう=SYOY+YWRY+∀+MΩ+W
→SYOYYWRY∀MΩW
現代語では、YWR直後の母類音素群がY∀・YY・Y¥・Y¥¥のいずれかである場合、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrY∀ ―MΩW→SYOYYY∀ ―mΩW
現代語のSYOYYY∀では、上代東方語のサ変「しむ」の場合と同様、次の遷移が起きる。
YOYでは直後のYYが双挟潜化を促すのでYはOを双挟潜化する。
→SYoYYY∀ ―ΩW→SYYYY∀ΩW→SYYY ―Y{∀ΩW}
→SyyY ―Y{∀ΩW}=しよー=しよう
《カ変》 来よう=K¥O¥+YWRY+∀+MΩ+W
→K¥O¥YWRY∀ ―MΩW→K¥O¥YwrY∀ ―mΩW
→K¥O¥YY∀ΩW→KjO ―¥YY{∀ΩW}→KO ―jYY{∀ΩW}
→KO ―Yy{∀ΩW}=コよー=コよう


§4 現代語下一段動詞の遷移過程

【1】現代語の下一段活用では¥Ωが融合する

平安語の下二段活用は現代語では下一段活用に転じる。これは、その活用語胴に含まれる¥Ωが、六活用形のすべてにおいて融合するからである。{¥Ω}は「エ」段を形成する。

【2】下一段活用意志形「寝よう」の遷移過程
寝よう=N¥Ω¥+WRW+∀+MΩ+W→N¥Ω¥WRW∀MΩW
→N¥Ω¥WrW∀ ―mΩW→N¥Ω¥WW∀ΩW
¥Ωは融合する。N{¥Ω}と¥WW∀ΩWの間で音素節が分離する。
→N{¥Ω}¥WW∀ΩW→N{¥Ω} ―¥WW∀ΩW
=ね ―¥WW∀ΩW
音素節¥WW∀ΩWでは、¥が父音部になる。¥は、上代東方語の¥と同様、父音素性を発揮してヤ行を形成する。
母音部WW∀ΩWでは、∀ΩWが融合する。{∀ΩW}は顕存し、WWは潜化する。
→ね ―¥WW{∀ΩW}→ね ―¥ww{∀ΩW}=ね ―¥{∀ΩW}
=ねよー=ねよう

【3】下一段動詞の終止・連体・仮定・命令の遷移過程

《終止》 寝る=N¥Ω¥+WRW+W→N{¥Ω}¥WRWW
母音部{¥Ω}¥Wでは、融合音{¥Ω}は顕存し、¥Wは潜化する。
Rは直前のWが潜化したので、双挟潜化されずに顕存する。
→N{¥Ω}jw ―RWW→N{¥Ω} ―RwW=ねる
《連体》 寝る=N¥Ω¥+WRW+AU→N{¥Ω}¥WRWAU
→N{¥Ω}jw ―RWAU→N{¥Ω} ―RwaU=ねる
《仮定》 寝れば=N¥Ω¥+WRW+YO¥M+P∀
→N{¥Ω}¥WRW{YO¥}ば→N{¥Ω}jw ―Rw{YOj}ば
=N{¥Ω} ―R{YOj}ば=ねれば
《命令》 寝ろ=N¥Ω¥+WRW+YOY→N{¥Ω}¥WRWYOY
→N{¥Ω}jw ―RWYOY
母音部WYOYでは、完母音素Oは顕存し、他は潜化する。
→N{¥Ω} ―RwyOy→ねRO=ねロ


§5 上一段(上代語の上甲段・上二段)と五段(上代語ではナ変)の連体形・仮定形

【1】上一段の連体形・仮定形の遷移過程

(1)上一段(上代語の上甲段)の連体形・仮定形の遷移過程。

《連体》 見る=MY+YRY+AU→MYYRYAU→MyY ―RyaU
=MY ―RU=みる
《仮定》 現代語仮定形「見れば」の語素構成は上代語已然形接続用法「見れば」と同様だと推定する。
見れば==MY+YRY+YO¥M+P∀→MYYRYYO¥ば
→MYYRY{YO¥}ば→MyY ―Ry{YOj}ば
=MY ―R{YOj}ば=みれば

(2)上一段(上代語の上二段)の連体形・仮定形の遷移過程。

《連体》 過ぎる=過GW+YRY+AU→すGWYRYAU
GWYではWは潜化する(現代語W潜化遷移)。
→すGwYRYAU→すGY ―RyaU=すGY ―RU=すぎる
《仮定》 過ぎれば=過GW+YRY+YO¥M+P∀→すGWYRYYO¥ば
GWYではWは潜化する(現代語W潜化遷移)。
→すGwYRY{YO¥}ば→すGY ―Ry{YOj}ば=すぎれば

(3)上一段(上代語の上乙段)の連体形・仮定形の遷移過程。

《連体》 居る=WY+YRY+AU→WYYRYAU→WyY ―RyaU
=WY ―RU
現代語では、音素節WYでは、父音部のWは潜化する。
→wY ―RU=いる
《仮定》 居れば=WY+YRY+YO¥M+P∀→WYYRYYO¥ば
→WYYRY{YO¥}ば→WyY ―Ry{YOj}ば
→WY ―R{YOj}ば→wYれば=いれば

【2】五段(上代語ではナ変)の連体形・仮定形の遷移過程

《連体》 死ぬ=SYN+WRW+AU→SYNWRWAU
現代語では、音素配列YNWRWAUでは、NとRは呼応潜顕する。Nは顕存する。これに呼応して、WはRを双挟潜化する。
→SYNWrWAU=SYNWWAU→SYNwwaU=SYNU=しぬ
《仮定》 死ねば=SYN+WRW+YO¥M+P∀
→SYNWRWYO¥{MP}∀
YNWRWYO¥では、NとRは呼応潜顕する。Nは顕存する。これに呼応して、WはRを双挟潜化する。
→SYNWrWYO¥ば→SYNWW{YO¥}ば
→SYNww{YOj}ば→SYN{YOj}ば=しねば


§6 上一段(上代語の上二段)・サ変の未然形の遷移過程

《上一(上代語の上二段)》 起きない=起KW+YRY+∀+ない
→おKWYRY∀ない→おKwYRY∀ない→おKYrY∀ない
→おKYYαない→おKyYない=おKYない=おきない
《サ変》 為ない=SYOY+YWRY+∀+ない→SYOYYWRY∀ない
YWRY直後の母類音素群が∀である。この場合、YはWRを双挟潜化する。
→SYOYYwrY∀ない=SYOYYY∀ない→SYoYYY∀ない
→SYYYYαない→SyyyYない=SYない=しない