第53章 助詞「ノ・な」 N∀Ω

§1 助詞「ノ」「な」の意味・用法

助詞「ノ乙」「な」には種々の意味があるが、その一部を記す。

【1】助詞「ノ」の意味・用法

(イ) 体言に続いて後続語を修飾する。
島ノ〈能〉崎崎[記上巻歌5]
(ロ) 直前の語が主語であることを表す。
雪ノ〈能〉降れるは[万17 ―3925]
(ハ) 直前の語が目的語であることを表す。
思ひやる 為方ノ〈乃〉知らねば[万4 ―707]
(ニ) 形容詞の語幹に続いて、後続の体言を修飾する。
遠ノ〈等保乃〉朝廷ト[万5 ―794]
(ホ) 親愛感を表す。
志斐ノ〈能〉が強ヒ語り[万3 ―236]
(ヘ) 同格を表す。固有名詞と「神」の間にあって、その固有名詞が神の名であることを表す。
阿治志貴多迦比古泥ノ〈能〉神[記上巻歌6]
(ト) 譬喩を表す。……のように。
朝日ノ〈能〉 笑みさかイエ来て[記上巻歌3b]
(チ) “……から想起されるものは”の意を表して、枕詞の末尾に置かれる。
足引キノ〈安思比奇能〉 山松陰に ひぐらし鳴きぬ[万15 ―3655]
(リ) 再述代名詞。先に述べた名詞を再度述べる場合に、その名詞に代わるものとする。…のそれ。
薬師は 常ノ〈乃〉モあれド[仏足石歌15。「ノ」は薬師を表す]

【2】助詞「な」の意味・用法

(イ) 体言に続いて後続語を連体修飾する。
[近畿] 目な交ひ〈麻奈迦比〉に モトな懸かりて[万5 ―802]
「目な交ひ」は「目+助詞ノ・な+交ひ」であり、“(左右の)目(の視線)の交わり”が原義で、転じて“左右両眼の視線が交わる所”、“目の前”の意味になる。
手な端〈多那須衛〉。[神代上紀第七段一書第二]
[九州] 蝦夷を一人 百な〈那〉人
[神武即位前 紀歌11。「百な人」は“百の人”の意。九州育ちの神武天皇が大和を平定する前に詠んだ歌]
(ロ) 前の語が主語であることを表す。
[東方] 日な〈奈〉曇り うすひノ坂を[万20 ―4407防人歌]
「日な曇り」は枕詞。“太陽が曇っているので”の意で、“薄い日の光”から、峠の名「うすひ」にかかる。
(ホ) 親愛感を表す。
[東方] 吾が夫な〈世奈〉を 筑紫[∧遣りて 万20 ―4422防人歌]


§2 助詞「ノ・な」の本質音はN∀Ω

【1】助詞「ノ」と助詞「な」は同一語

助詞「ノ」と助詞「な」は、共にナ行の一音節であり、その意味・用法には共通するものがある。そこで助詞「な」は助詞「ノ」と同一語で、その音韻転化したものだと考える。助詞「ノ」「な」をまとめて助詞「ノ・な」と表記する。

【2】助詞「ノ・な」の本質音はN∀Ω。

助詞「ノ・な」の本質音はN∀Ωだと推定する。
父音素に∀Ωが続く場合、近畿語では、呼応潜顕が起きなければ、∀は潜化し、Ωは顕存する。
ノ=N∀Ω→NαΩ=NΩ=ノ乙

【3】「目な交ひ」「手端」の遷移過程

「まなかひ」「たなすゑ」の「な」は助詞N∀Ωだと考える。
「目」の本質音はM∀¥だと推定する。∀¥は融合すると「エ乙・え丙」を形成する。
目=M∀¥→M{∀¥}→メ乙
目な交ひ=M∀¥+N∀Ω+かひ→M∀¥N∀Ωかひ
¥は父音素性を発揮して音素節¥N∀Ωを形成する(¥の後方編入)。∀と∀Ωは呼応潜顕し、共に∀になる。
→M∀ ―¥N∀Ωかひ→M∀ ―¥N∀ωかひ
父音部¥Nでは、¥は潜化し、父音素Nは顕存する。
→M∀ ―jN∀かひ=まなかひ
「手」の本質音はT∀¥だと推定する。
手=T∀¥→T{∀¥}=て
手端=T∀¥+N∀Ω+すゑ→T∀ ―¥N∀Ωすゑ→T∀ ―jN∀Ωすゑ
→T∀ ―N∀ωすゑ=T∀ ―N∀すゑ=たなすゑ

【4】東方語「夫な」「日な曇り」と九州語「百な人」の遷移過程

東方語・九州語では、母音部∀Ωで、∀が顕存し、Ωが潜化することがよくある。
夫な=せ+N∀Ω→せN∀ω=せN∀=せな
日な曇り=日+N∀Ω+曇り→ひN∀ω曇り=ひなくもり
[九州] 百な人=百+N∀Ω+人→ももN∀ωひト=ももなひト