第65章 ク活用「うれたし」とシク活用「うれし」  ―シク形容YAYYO群

§1 ク活用「うれたし」は「うRYA+YYTAし」

【1】「言痛」「言痛かりつ」の語素構成・遷移過程

(1)近畿語「コちたみ」の語素構成・遷移過程。

人言を 繁み 言痛み〈許知痛美〉[万2 ―116]
「言」の本質音は「コTΩ」だと推定する。
「痛し」の第一音素節「い」はYYだと推定する。また、第62章で述べたように、「痛し」はク形容A群であり、語幹末尾音素節の母音部はAである。
言痛み=コTΩ+YYTA+S¥+MY→コTΩYYTAS ―¥MY
近畿語では、母音部ΩYYでは、後方で二連続するYはひとまず顕存し、Ωは潜化する。
→コTωYYTAs ―jMY→コTyYTA ―MY=コちたみ甲

(2)東方語「コトたかりつ」の遷移過程。

東方語には「言痛かりつ」が「コトたかりつ〈許等多可利都〉」[万14 ―3482東歌]になる用例がある。
『上代特殊仮名の本質音』第108章で述べたように、「言」は駿河語で「ケ乙ト」になるので、その第一音素節の本質音はK¥O¥だと推定する。
言痛かり=K¥O¥TΩ+YYたかり→K¥O¥TΩYYたかり
東方語では母音部¥O¥と母音部ΩYYが呼応潜顕し、共に「オ乙」段になることがある。前者では完母音素Oは顕存し、¥は二つとも潜化する。これに呼応して、後者ではΩは顕存し、Yは二つとも潜化する。
→KjOjTΩyyたかり=KOTΩたかり=コ乙ト乙たかり

【2】「うれたし」の語素構成・遷移過程

うれたく〈宇礼多久〉モ 鳴くなる鳥か[記上巻歌2]
ク活用形容詞「うれたし」は、『時代別国語大辞典上代編』の「うれたし」の項がいうように、「心」と「痛し」が縮約した語。
「心」の「ら」はRYAだと推定する。
心痛く=うRYA+YYTA+S¥+KWU
→うRYAYY ―TAS ―¥KwU→うR{YAY}Y ―TAs ―jKU
→うR{YAY}y ―TA ―KU=うれたく


§2 シク活用「嬉し」は「うRYA+YYOし」

【1】シク活用「嬉し」の語素構成・音素配列

思ふどち い群れて居れば うれしく〈宇礼之久〉モあるか
[万19 ―4284]
「うれし」は、「心」に「良し」が続いたもの。
嬉しく=うRYA+YYO+S¥+KWU→うRYAYYOS¥KwU
母音部YAYYOにS¥Kが続く場合、YAYYOは¥に母音素性を発揮させる。
→うRYAYYO ―S¥ ―KU→うR{YAY}yoしく=うれしく

【2】シク形容YAYYO群

語幹末尾音素節の母音部がYAYYOである形容詞はシク活用する。
語幹末尾母音部がYAYYOである形容詞をシク形容YAYYO群と呼ぶ。