§1 形容源詞「おだひし」 ―シク形容Y群
【1】形容源詞「おだひし」の用例
天ノ下ノ公民ノ息安まる∧”き事を旦夕夜日ト云はず思ひ議り奏したまひ仕∧奉れば、款しみ明きらけみ おだひ甲しみ〈意太比之美〉たノモしみ思ほしつつ大坐し坐す[続紀宝亀二年宣命51]
『時代別国語大辞典上代編』の「おだひ[穏]」・「おだひし[穏]」の項がいうように、「おだひし」は、宣命31の「おだひ〈於多比〉に」と同源・同義の語で、“おだやか”の意味である。これを「穏ひし」と記す。
【2】形容源詞み語法「おだひしみ」の遷移過程
「おだひ」の「ひ甲」の母音部はYだと推定する。
「穏ひしみ」は、「穏PY」に、S¥と、MYが続いたもの。
穏ひしみ=穏PY+S¥+MY→おだPYS¥MY
母音部YにS¥Mが続く場合、Yは¥に母音素性を発揮させる。
→おだPY ―S¥ ―MY=おだひ甲しみ
【3】シク形容Y群
語幹末尾音素節の母音部がYである形容源詞み語法は語幹直後が「し」になる。
語幹末尾母音部がYである形容源詞をシク形容Y群と呼ぶ
§2 シク活用連用形「寂しく」の遷移過程 ―シク形容YUY群
【1】シク活用形容詞連用形「寂しく」の用例
妻屋さぶしく〈佐夫斯久〉 思ほゆ∧”しモ[万5 ―795]
【2】連用形「さぶしく」の遷移過程
「さぶしく」第二音素節の母音部は、第3章で述べたように、YUYである。
《連用》 寂しく=さBYUY+S¥+KWU→さBYUYS¥KwU
母音部YUYにS¥Kが続く場合、YUYは¥に母音素性を発揮させる。YUYでは、Yは二つとも潜化する。
→さBYUY ―S¥ ―KU→さByUyしく=さBUしく=さぶしく
【3】シク形容YUY群
語幹末尾音素節の母音部がYUYである形容詞はシク活用する。
語幹末尾母音部がYUYである形容詞・形容源詞をシク形容YUY群と呼ぶ。
§3 シク活用連体形「斎斎しき」の遷移過程 ―シク形容UY群
【1】シク活用「斎斎し」の用例
《連体》 ゆゆしき〈由由斯伎〉かモ 白檮原媛女[雄略記歌91]
《已然》 斎斎しけれドモ〈由遊志計礼杼母〉[万2 ―199一云]
【2】連体形「斎斎しき」の遷移過程
第3章で述べたように、「斎斎しき」の語幹はYUYが二つ連続したYUYYUYである。
斎斎しき=YUY+YUY+S¥+KYΩY→YUYYUYS¥KYΩY
YUとYYUYの間で音素節が分離する。
→YU ―YYUYS¥KYωY→ゆYYUYS¥KyY
YYUYでは、YYは父音部になり、UYは母音部になる。
母音部UYにS¥Kが続く場合、UYは¥に母音素性を発揮させる。
→ゆYYUY ―S¥ ―KY→ゆYYUyしKY→ゆYyUしKY
=ゆYUしKY=ゆゆしき甲
【3】シク形容UY群
語幹末尾母音素節の音部がUYである形容詞はシク活用する。
語幹末尾母音部がUYである形容詞をシク形容UY群と呼ぶ。