【1】上代語容原詞「ゆらみ」と平安語「ゆるし」・現代語「緩い」
大王ノ 心をゆらみ〈由良美〉 臣ノ子ノ 八重ノ柴垣 入り立たずあり[清寧記歌107]
「ゆらみ」は形容源詞み語法である。その語幹「ゆら」の末尾素節の母音部はどのようであるか。
上代語「ゆら」は、平安語「ゆるし」・現代語「緩い」の語幹「ゆる」と同一語だと考える。
夕暮れにゆるく吹たる雨風[枕草子188]
【2】「ゆら・ゆる」第二音素節母音部は∀W
「ら」にも「る」にもなる音素節として、欽明天皇の名の一部「開」の第二音素節がある。
「元興寺伽藍縁起并流記資材帳」所引の「塔露盤銘」は欽明天皇の名を「阿末久爾意斯波羅岐比里爾波」と表記し、「開」を「はらき〈波羅岐〉」とする。
継体紀元年条「天国排開広庭尊」の注は「開、此を、はらき〈波羅企〉ト云ふ」と記す。
これらによれば、「開」第二音素節は「ら」である。
他方、「天寿国繍帳銘」は欽明天皇の名を「阿米久爾意斯波留支比里爾波」と記し、「開」第二音素節を「る〈留〉」だとする。
「開」第二音素節の本質音はR∀Wだと推定する。母音部∀Wで、Wが潜化すれば「R∀w=ら」になり、∀が潜化すれば「RαW=る」になる。
上代語で「ゆら」、平安語「ゆる」になる語幹の本質音はYWR∀Wだと推定する。
[上代] 緩み=YWR∀W+S¥+MY→YWR∀WS¥MY
母音部∀WにS¥Mが続く場合、∀Wは¥に父音素性を発揮させる。
→YWR∀WS ―¥MY→YWR∀Ws ―jMY→YWR∀W ―MY
母音部∀Wでは、∀は顕存し、Wは潜化する。
→YWR∀w ―MY=WR∀ ―MY=ゆらみ甲
[平安] 緩く=YWR∀W+S¥+KWU→YWR∀Ws ―jKWU
YWの母音部WとR∀Wの母音部∀Wは呼応潜顕する。前者ではWは顕存する。これに呼応して、後者ではWは顕存し、∀は潜化する。
→YWRαW ―KwU=YWRW ―KU=ゆるく
【3】ク形容∀W群
語幹末尾音素節の母音部が∀Wである形容詞はク活用する。
語幹末尾母音部が∀Wである形容詞・形容源詞をク形容∀W群と呼ぶ。