【1】ケし型形容詞・かに型形容動詞
(1)語幹末尾が「ケ乙」であるク活用形容詞をケし型形容詞と呼ぶ。
「あきらケき〈安伎良気伎〉」[万20 ―4466]・「かそケき〈可蘇気伎〉」[万19 ―4192]・「さやケき〈佐夜気吉〉」[万20 ―4468]・「しづケし〈之頭気師〉」[万3 ―388]・「すむやケく〈須牟也気久〉」[万15 ―3748]・「たしケく〈多之気久〉」[万18 ―4094]・「たひらケく〈多比良気久〉[万20 ―4409]・「ゆたケき〈由多気伎〉」[万20 ―4362]はケし型形容詞である。
(2)末尾が「かに」である形容動詞をかに型形容動詞と呼ぶ。
「いささかに〈伊佐左可尓〉」[万19 ―4201]・「おロかに〈於呂可尓〉」[万18 ―4049]・「さだかに〈佐太加尓〉」[続紀神亀元年宣命5]・「さやかに〈左夜加尓〉」[万20 ―4474]・「たひらかに〈多比良可尓〉」[日本後紀巻十一逸文(日本紀略(新訂増補国史大系第十巻)延暦二十二年三月条所引)]・「むくさかに〈牟倶佐加尓〉」[続紀神亀元年宣命5]は かに型形容動詞である。
【2】形容詞「さやケし」の「ケ」と形容動詞「さやかに」「か」は同一語K¥A¥
ケし型形容詞の語幹からケを除去した部分と、かに型形容動詞から「かに」を除去した部分とが同一になるものがある。「さやケし」「さやかに」および「たひらケし」「たひらかに」である。
山口佳紀は『古代日本語史論究』第一章第五節で両者の用例を比較検討し、「〈~カニ〉型が基で、そこから〈~ケシ〉型が派生した」と結論する。
私は、ケし型形容詞と かに型形容動詞のどちらが「基」かということよりも、「ケし」の「ケ」の本質音と「かに」の「か」の本質音がどのようであるかを問題にしたい。
同一語の同一音素節が「あ」段にも「エ」段にもなる事例がある。「皆」第二音素節である。「皆」第二音素節は、近畿語で「な」になり、九州語で「ね」になる。
[近畿] 下枝らは 人ミな〈未那〉取り[応神紀13年 紀歌35]
[九州] 人モね〈母祢〉ノ うらぶれ居るに
[万6 ―877。佐賀県松浦で詠まれた歌。人モねノは近畿語の人皆之[万12 ―3064]に相当する]
『上代特殊仮名の本質音』第111章で述べたように、近畿語で「な」になり、九州語で「ね」になる「皆」第二音素節母音部は¥A¥だと推定する。
[近畿] 「な」になる。¥A¥で、完母音素Aは顕存し、遊兼音素¥は二つとも潜化する。
皆=ミN¥A¥→ミNjAj=ミNA=ミな
[九州] 「ね」になる。¥A¥は融合する。{¥A¥}では、末尾の¥は潜化する。{¥Aj}は「エ乙・え丙」を形成する。
皆=モN¥A¥→モN{¥A¥}→モN{¥Aj}=モね
そこで次のとおり考える。ケし型形容詞で「ケ」になる音素節と、かに型形容動詞で「か」になる音素節は、現象音は異なるが、本質音は同一で、K¥A¥である。
【3】かに型形容動詞「さやかに」・ケし型形容詞「さやケき」の遷移過程
(1)かに型形容動詞「さやかに」の遷移過程。
さやかに=さや+K¥A¥+に→さやK¥A¥に
近畿語では、母音部¥A¥では、呼応潜顕が起きなければ、Aのみが顕存して、¥は二つとも潜化する。
→さやKjAjに=さやKAに=さやかに
(2)ケし型形容詞「さやケき」「さやケし」の遷移過程。
ケし型形容詞では、K¥A¥の¥A¥とS¥の¥が呼応潜顕する。
《連体》 さやケき=さや+K¥A¥+S¥+KYΩY
→さやK¥A¥S¥KYωY
母音部¥A¥にS¥Kが続く場合、¥A¥はS¥Kの¥に父音素性を発揮させる。
→さやK¥A¥S ―¥KYY→さやK¥A¥s ―¥KyY
¥A¥と、¥Kの¥は呼応潜顕する。後者は潜化する。これに呼応して、¥A¥では、融合して{¥A¥}になった後、末尾の¥が潜化する。K{¥Aj}は「ケ乙」になる。
→さやK{¥Aj} ―jKY=さやK{¥Aj} ―KY=さやケ乙き甲
《終止》 淵モ瀬モ 清くさやケし〈佐夜気志〉[続紀宝亀元年 続紀歌7]
さやケし=さや+K¥A¥+S¥+¥→さやK¥A¥ ―S¥¥
¥A¥と¥¥は呼応潜顕する。¥¥では前の¥は潜化し、後の¥は顕存する。これに呼応して、¥A¥は融合し、{¥A¥}末尾の¥が潜化する。
→さやK{¥Aj} ―Sj¥=さやケ乙し
【4】ク形容¥A¥群
「確ケし」「静ケし」のように、語幹末尾母音部が¥A¥である形容詞はク活用する。
語幹末尾母音部が¥A¥である形容詞・形容源詞をク形容¥A¥群と呼ぶ。