第73章 ク活用する助動詞「∧”し」  ―ク形容YO¥群

【1】助動詞「∧”し」の遷移過程

助動詞「∧”乙し」の第一音素節は、近畿語では「∧”乙」だが、東方語では「べ甲」になることがある。
[近畿] 相ひ見ずは 恋ヒしくある∧”し〈安流倍之〉[万20 ―4408]
[東方] 家ノ妹が なるべ甲き〈弊伎〉コトを 言はず来ぬかモ
[万20 ―4364防人歌]
「∧”し」の「∧”」が近畿語で「エ乙」段、東方語で「え甲」段になるという変化は四段動詞已然形語尾と同じである。そこで「∧”し」第一音素節の母音部は、四段動詞已然形語尾の母音部と同一で、YO¥だと推定する。
助動詞「∧”し」の助動詞語素は、第11章で述べたように、「WMW∧”」である。
そこで「∧”し」の語素構成は、WMWBYO¥に、S¥と、形容詞の活用語足が続いたものだといえる。
[近畿]《終止》 有る∧”し=有R¥¥+WMWBYO¥+S¥+¥
→あR¥¥WmWBYO¥Sj¥→あR¥¥WWB{YO¥}S¥
→あRjjWWB{YOj}し→あRwWB{YOj}し=ある∧”乙し
[東方]《連体》 なるべき=なR+WMWBYO¥+S¥+KYΩY
→なRWmWBYO¥S¥KYωY
母音部YO¥はS¥Kの¥に父音素性を発揮させる。
→なRwWBYO¥S ―¥KyY→なRWB{YO¥}s ―jKY
東方語では、{YO¥}の¥は顕存することがある。B{YO¥}は「べ甲」になる。
→なRWB{YO¥} ―KY=なるべ甲き甲

【2】ク形容YO¥群

語幹末尾母音部がYO¥である形容詞はク活用する。これをク形容YO¥群と呼ぶ。