【1】シク活用「しけし」と「葦原ノ醜男」
(1)シク活用連体形「しけしき」。
シク活用「しけし」がある。「小屋」を修飾する場合なら、“貧粗な”と訳せる。
葦原ノ しけしき〈志祁志岐〉小屋に[神武記歌19]
(2)しコ男・醜男。
他方、「しけし」の語幹「しけ」に似た「しコ」があり、「男」を修飾する。須佐之男命が大国主神を評した言葉の中である。
此は葦原しコ〈色許〉男ト謂ふ。[古事記上巻]
「葦原しコ男」の「しコ男」の部分は、『日本書紀』では「醜男」と表記される。
大国主神 亦ノ名は大物主神、(中略)亦は葦原醜男ト曰ふ。
[神代上紀第八段一書第六]
そこで「しコ」は「男」を修飾する際には“醜い”と訳せる。
【2】「しけし」の「しけ」は「醜男」の「しコ」と同一語
「しけし」の語幹「しけ」と「醜男」の「しコ」は共に“下卑た”のような意味である。
「しけ」第二音素節は「え甲」段であり、「しコ」第二音素節は「オ乙」段だが、「え甲・え丙」段の音素節が「オ乙」段に転じる事例は「うつせみ」「うつソ乙み」にある。そこでシク活用「しけし」の語幹「しけ」と「醜男」の「しコ」は、馬淵和夫が「『古事記』のシ・オ・ホのかな」『国語学』31号71頁でいうように、同一語だと考える。
【3】連体形「賎しき」および「しコ男」の遷移過程
「しけ・しコ」第二音素節の母音部は、「うつせみ・うつソみ」第三音素節の母音部と同一で、¥OYだと推定する。
《連体》 賎しき=しK¥OY+S¥+KYΩY→しK¥OYS¥KYωY
母音部¥OYはS¥Kの¥に母音素性を発揮させる。
→しK¥OY ―S¥ ―KyY
¥OYは融合する。{¥OY}は「え甲・え丙」を形成する。
→しK{¥OY}しKY=しけ甲しき甲
醜男=しK¥OY+WO→しK¥OY ―WO
K¥OYの¥OYとWOのOは呼応潜顕し、共にOになる。
→しKjOy ―WO=しKO ―WO=しコ乙を
【4】シク形容¥OY群
語幹末尾母音部が¥OYである形容詞はシク活用する。これをシク形容¥OY群と呼ぶ。