【1】「異し」がシク活用になる理由
「異し」の語幹末尾の音素節は近畿語でも東方語でも「け甲」であり、他の音素節に変化しない。
[近畿] 逢はざれド 異しき〈家之伎〉心を 吾が思はなくに
[万15 ―3775]
[東方] 逢はねドモ 異しき〈家思吉〉心を 吾が思はなくに
[万14 ―3482東歌]
第38章で述べたように、「え甲」以外に変化しない母音部は¥∀Yだと考える。そこで「異し」の語幹「け甲」の母音部は¥∀Yだと推定する。
異しき=K¥∀Y+S¥+KYΩY→K¥∀YS¥KYωY
母音部¥∀YはS¥Kの¥に母音素性を発揮させる。
→K¥∀Y ―S¥ ―KyY→K{¥∀Y}しKY=け甲しき甲
【2】シク形容¥∀Y群
語幹末尾母音部が¥∀Yの形容詞はシク活用する。これをシク形容¥∀Y群と呼ぶ。
【3】「うらめ甲し」。
《連用》 うらめしく〈宇良売之久〉 君はモあるか[万20 ―4496]
《連体》 うらめしき〈宇良売斯企〉 妹ノ命ノ[万5 ―794]
「うらめし」は近畿語の用例しか見えないが、語幹末尾音素節が「え甲」段以外に変化しないシク活用形容詞であることは「異し」と同様である。そこで「うらめし」の語幹末尾音素節の母音部は、「異し」の「け」の母音部と同一で、¥∀Yだと推定する。