第76章 ク活用「繁し」「まねし」  ―ク形容¥∀¥群

【1】ク活用「繁し」 ¥∀¥

ク活用形容詞「繁し」の第二音素節は近畿語でも東方語でも常に「ゲ乙」である。
[近畿] 吾が胸痛し 恋ヒノ繁き〈之気吉〉に[万15 ―3767]
[東方] 小筑波ノ 繁き〈之気吉〉木ノ間よ 立つ鳥ノ[万14 ―3396東歌]
第30章で述べたように、「エ乙」以外に変化しない母音部は¥∀¥である。そこで「繁し」語幹末尾の母音部は¥∀¥だと推定する。
繁き=しG¥∀¥+S¥+KYΩY→しG¥∀¥S¥KYωY
母音部¥∀¥はS¥Kの¥に父音素性を発揮させる。
→しG¥∀¥S ―¥KyY→しG{¥∀¥}s ―jKY
→しG{¥∀j} ―KY=しゲ乙き

【2】ク形容¥∀¥群

語幹末尾母音部が¥∀¥の形容詞はク活用する。これをク形容¥∀¥群と呼ぶ。

【3】ク活用「まねし」「さまねし」

君が使ひノ まねく〈麻祢久〉通∧ば[万4 ―787]
うらさぶる 心さまねし〈佐麻祢之〉[万1 ―82]
「まねし」の「ね」が他の音素節に変化する用例はない。そして「繁し」と同じく、ク活用する。そこで「まねし」の「ね」を「エ乙」段相当の音素節と想定し、「まねし」およびその派生語「さまねし」の「ね」の母音部を¥∀¥だと推定する。