第81章 語幹末尾に助詞「う」が付いているシク活用形容詞「斎つくし」「思ほしき」  ―シク形容WΩW群

§1 語幹が「動詞語素+助詞う」であるシク活用形容詞「斎つくし」  ―シク形容WΩW群

【1】語幹が四段動詞終止形の形であるシク活用形容詞の用例

語幹が四段動詞終止形の形であるシク活用形容詞がある。
やまトノ国は 皇神ノ 斎つくしき〈伊都久志吉〉国[万5 ―894]
吾が行きノ 息衝くしかば〈伊伎都久之可婆〉 足柄ノ 嶺延ほ雲を 見トト偲はね[万20 ―4421防人歌]

【2】「斎つくしき」の遷移過程

形容詞の語幹の中には、「懐かし」のように四段動詞語素に助詞「あ」が付いたものがある。このことから類推して、「斎つくし」の語幹「斎つく」は四段動詞語素「斎つK」に助詞「う=WΩW」が付いたものと考える。また、「息衝くし」の「衝く」は動詞語素「衝K」に助詞「う=WΩW」が付いたものと考える。
斎つくしき=斎つK+WΩW+S¥+KYΩY→いつKWΩWS¥KYΩY
母音部WΩWはS¥Kの¥に母音素性を発揮させる。
→いつKWΩW ―S¥ ―KYΩY→いつKWωWしKYωY
→いつKwWしKyY=いつKWしKY=いつくしき甲

【3】シク形容WΩW群

語幹末尾音素節の母音部がWΩWである形容詞はシク活用する。これをシク形容WΩW群と呼ぶ。
「息衝くし」はシク形容WΩW群に属する。§2で述べる「思ほし」「厭ほし」「たノモし」もWΩW群に属する。


§2 「思ほしき」「厭ほしみ」「たノモしみ」の語素構成・遷移過程

シク活用形容詞には、その語幹が四段動詞のようでありながら、語尾が「オ」段のものがある。

(1)「思ほしき」の語素構成・遷移過程。

思ほしき〈於毛保之吉〉 事モ語らひ[万18 ―4125]
「思ほしき」の語素構成は、「思P」に、助詞「う=WΩW」と、S¥と、活用語足が続いたものだと考える。
思ほしき=ΩM¥O¥P+WΩW+S¥+KYΩY
→ΩM¥O¥PWΩW ―S¥ ―KYωY
初頭のΩと¥O¥とWΩWは呼応潜顕し、三者とも「オ乙・お丙」を形成する。
→ΩMjOjPwΩwしKyY→ΩMOPΩしき=おモほしき甲

(2)「厭ほしみ」の語素構成・遷移過程。

此は朕がをぢなきに依りてし、かく言ふらしト念ほし召せは愧づかしみ、厭ほしみ〈伊等保自弥〉なモ念(ほす)。
[続紀天平宝字六年(西暦762年)宣命27]
「厭ほしみ」は「厭P」に、助詞「う=WΩW」と、S¥と、MYが続いたもの。「いトP」の「ト」はTOだと推定する。
厭ほしみ=いTOP+WΩW+S¥+MY→いTOPPWΩW ―S¥ ―MY
OとWΩWは呼応潜顕し、共に「オ乙・お丙」を形成する。
→いTOトPwΩwしみ=いTOPΩしみ=いト乙ほしみ

(3)「たノモしみ」の語素構成・遷移過程。

思ひ議り奏したまひ仕∧奉れば、款しみ明きらケみ おだひしみ たノモしみ〈多能母志美〉思ほしつつ大坐し坐す[続紀宝亀二年宣命51]
「たノモしみ」は「手+祷M」に、助詞「う=WΩW」と、S¥と、MYが続いたもの。「手祷む」は“両手の掌を合わせて祈るように願う”こと。「祷む」は「NOむ」だと推定する。
手祷モしみ=T∀¥+NOM+WΩW+S¥+MY
→T∀ ―¥NOMWΩW ―S¥ ―MY→た ―jNOMWΩWしみ
OとWΩWは呼応潜顕し、共に「オ乙」を形成する。
→た ―NOMwΩwしみ=たNOMΩしみ=たノ乙モ乙しみ