第95章 上代語「ましじ」・平安語「まじ」

【1】上代語助動詞「ましじ」の遷移過程

上代語にはク活用する助動詞「ましじ」がある。
《終止》 今城ノ内は 忘らゆましじ〈麻旨珥〉[斉明紀4年 紀歌96]
《連体》 うらぐはノ木 寄るましじき〈予屡麻志士枳〉 川ノ隈隈 寄ロほひ行くかモ[仁徳30年 紀歌56。*「士」は前田本・北野本などによる]
「ましじ」の助動詞語素はWWM∀だと推定する。
WWM∀の原義は“容易に完遂できる状況”である。
「寄るましじき」の語素構成は、「寄R」に、助動詞語素WWM∀と、形容源化語素S¥と、否定助動詞語素N¥と、形容源化語素S¥と、形容詞の活用語足KYΩYが続いたもの。
WWM∀にS¥が続くと“容易に完遂できそうな”の意味になる。その後に否定を表すN¥が続くと、“容易に完遂できそうだが、実際はその逆で、きわめて困難、もしくは不可能”の意味になる。その後にS¥が続くと、“容易に完遂できそうだが、実際にはきわめて困難で、不可能といえるような”の意味になる。
「寄るましじき」は“寄ってきて一緒になるのは簡単そうだが、実際にはきわめて困難、もしくは不可能な”の意である。
寄るましじき=寄R+WWM∀+S¥+N¥+S¥+KYΩY
→ヨRwWM∀S¥N¥S¥KYωY
母音部∀にS¥Nが続く場合、∀は¥に母音素性を発揮させる。
S¥とN¥S¥の間で音素節が分離する。
→ヨRW ―M∀ ―S¥ ―N¥S¥KyY=ヨるましN¥S¥KY
N¥S¥Kでは、Nの直後の¥はS¥Kの¥に母音素性を発揮させる。
N・Sに挟まれた¥は潜化する。
→ヨるましNjS¥ ―KY→ヨるまし{NS}¥ ―KY→ヨるましじき甲
助動詞「ましじ」は、語幹末尾母音部が¥だから、シク形容¥群に属する。

【2】「ましじ」が平安語で「まじ」になる遷移過程

平安語にはク活用する助動詞「まじ」がある。
むくさにわかれんことは えあるまじき事になん
[古今和歌集仮名序]
平安語の「まじき」の語素構成は上代語の「ましじき」と同一である。
有るまじき→あR¥¥+WWM∀+S¥+N¥+S¥+KYΩY
→あRjjWW ―M∀S¥N¥S¥KYωY
平安語では、S¥N¥S¥で三つの母音部¥・¥・¥は呼応潜顕し、末尾の¥のみが顕存し、他は潜化する。
この呼応潜顕を果たすために、まず∀S¥Nの¥が父音素性を発揮する。∀の直後で父音素性を発揮する音素がS・¥・N三連続するので、Sは∀に付着して音素節M∀Sを形成する。
→あRwW ―M∀S ―¥N¥S¥KyY→あるM∀s ―jN¥S¥KY
→あるM∀ ―NjS¥き→あるま{NS}¥き=あるまじき
助動詞「まじ」は、語幹末尾母音部が¥だから、シク形容¥群に属する。