第96章 否定推量助動詞「じ」

【1】否定推量助動詞「じ」の用例

否定推量の意を表す助動詞「じ」には終止形と連体形の用例がある。終止形は「じ」であり、連体形は「じ」と「じい」である。
《終止》 若ければ 道行き知らじ〈之良士〉[万5 ―905]
《連体》 [上代1] 然かにはあらじか〈阿羅慈迦〉[万5 ―800]
[上代2] 玉ノ緒ノ 絶イエじい〈不絶射〉妹ト 結びてし 事は果たさず
[万3 ―481。「不絶射妹」を「たイエじいいも」と読む説に従って論を進める]

【2】否定推量助動詞「じ」の語素構成

助動詞「じ」の語素構成は、意志助動詞語素MΩに、否定助動詞語素N¥と、形容源化語素S¥と、活用語足が続いたもの。
終止形の活用語足は¥、連体形の活用語足はYだと推定する。
「じ」は動詞未然形ずむ用法に続く。

【3】否定推量助動詞「じ」の遷移過程

《終止》 知らじ=知R+∀+MΩ+N¥+S¥+¥→しR∀MΩN¥S¥¥
弱母音素∀に父音素と兼音素Ωと父音素と¥が続く場合、Ωは父音素性を発揮する。∀MΩN¥でΩが父音素性を発揮すると、弱母音素∀の直後に、父音素性を発揮する音素がM・Ω・N三連続する。そこでMは直前の∀に付着する。R∀MとΩNの間で音素節が分離する。
→しR∀M ―ΩN¥S¥¥
父音素Mは音素節の末尾にあるので潜化する。
→しR∀m ―ΩN¥S¥¥=しR∀ ―ΩN¥S¥¥
父音部ΩNでは、兼音素Ωは潜化する。
→しら ―ωN¥S¥¥=しら ―N¥S¥¥
N・Sに挟まれた¥は潜化する。NSは融合する。
母音部¥¥では、前にある¥は潜化する。
→しら ―NjSj¥→しら ―{NS}¥=しら ―Z¥=しらじ
《連体》[上代1] 有らじか=あR¥¥+∀+MΩ+N¥+S¥+Y+か
→あRjj∀M ―ΩN¥S¥Yか→あR∀m ―ωN¥SjYか
→あら ―NjSYか→あら{NS}Yか→あらZYか=あらじか
[上代2] 「じ」の連体形に「妹=いも=YYも」が続いて「じいいも」になる遷移過程。
絶イエじい妹=たY+¥Ω¥+WRW+∀+MΩ+N¥+S¥+Y+YYも
→たY{¥Ω¥}WrW∀M ―ΩN¥S¥YYYも
→たY{¥Ωj}WW∀m ―ωNjS¥YYYも
→たY{¥Ωj}wwα ―{NS}¥YYYも
→たY{¥Ωj} ―Z¥YYYも
Z¥と、YYと、Yはそれぞれ音素節を形成する。YYはY行・Y段の音素節「い」になる。末尾のYは母音素性を発揮し、単独で「い」になる。
=たイエじいいも