§1 “ク活用形容詞は状態を表し、シク活用は情意を表す”説には例外が多い
形容詞にはク活用とシク活用がある。何が異なるからク活用とシク活用に分かれるのか。
“形容詞の意味が異なるからク活用・シク活用の区別が生じる”とする説がある。
石井文夫は「形容詞の意味と活用」『未定稿』2でいう。「シク活用の形容詞は性質・状態を表わし、シク活用の形容詞は感覚・感情を表す傾向があることになります。」
また、山本俊英は「形容詞ク活用・シク活用の意味上の相違について」『国語学』23で、ク活用が「重し」「白し」「高し」「長し」「深し」等の状態的な属性概念を表す語が大部分」であるのに対し、シク活用は「うれし」「うらめし」「かなし」「楽し」「恋ほし」等の心的な、情意的な面を表す語が大部分」だと分析する(傍点山本)。
井上・山本がいうように、ク活用には「長し」「速し」など、対象物の状態を物理的に測定できるものが多く、シク活用は「恋ヒし」「苦し」など心情を表すものが多い。
しかし、井上・山本の言葉にもあるように、それは「傾向がある」だけ、「大部分」がそのようであるだけにすぎない。
「悪しき〈安之伎〉」[万15 ―3737]は情意を表し、シク活用である。だが、その反対語「良き〈予耆〉」[書紀歌47]は情意を表すがク活用である。
私は“ク活用形容詞は状態を表し、シク活用は情意を表す”説を是認することはできない。
では、何が異なるから、ク活用形容詞とシク活用形容詞の区別が生じるのか。
§2 語幹末尾の母音部の音素配列によってク活用・シク活用の区別が定まる
【1】ク活用・シク活用の区別は形容詞の語幹末尾の母音部の相違によって生じる
第97章までで、諸々のク活用形容詞・シク活用形容詞について、その意味・語素構成・音韻転化を検討することにより、語幹末尾音素節の母音部の音素配列を推定し、ク形容A群・シク形容∀群などに分類した。それらを総括しよう。
《ク活》 ク活用形容詞の語幹末尾音素節の母音部になるのは次に示す18群である。
A・O・U・
AU・OA・YΩ・∀W・Ω∀・ΩΩ・
WAW・YOY・YO¥・Y∀Y・∀U∀・ΩOΩ・¥A¥・¥O¥・¥∀¥
《シク活》 シク活用形容詞の語幹末尾音素節の母音部になるのは次の18群である。
W・Y・∀・Ω・¥・
A¥・UY・YA・∀Ω・
OWO・WA¥・WΩW・W¥Ω・YUY・ΩWΩ・¥OY・¥∀Y・
YAYYO
この一覧から解るように、ク活用形容詞の語幹末尾にある母音部と、シク活用形容詞の語幹末尾にある母音部は、相異なる。
【2】ク・シク分岐語幹末母音部説
そこで私は次のように考える。
形容詞は、その語幹末尾音素節の母音部の音素配列によって、ク活用するものと、シク活用するものとに分かれる。
これをク・シク分岐語幹末母音部説と呼ぶ。