第92章 シク活用形容詞「時じ」と形容源詞「鳥じ」

§1 シク活用形容詞「時じ」

【1】形容詞「時じ」の用例

形容詞「時じ」には“特定の時ではなく、いつでも”“一時期だけではなく、ずっと”“しかるべき時節ではない”などの意味がある。
《未然》 ずむ用法。 来ませ吾が夫子 時じけメやモ〈時自異目八方〉
[万4 ―491]
《連用》 時じくソ〈時自久曽〉 雪は降りける[万3 ―317]

【2】連用形「時じく」の遷移過程

連用形「時じく」の語素構成は、「時」に、否定助動詞の語素N¥と、形容源化語素S¥と、活用語足KWUが続いたものである。
《連用》 時じく=時+N¥+S¥+KWU→時N¥S¥KwU
母音部¥にS¥Kが続く場合、母音部¥はS¥Kの¥に母音素性を発揮させる。S¥とKの間で音素節が分離する。
→時N¥S¥ ―KU
N・Sに挟まれた¥は潜化する。NSは融合する。
→時NjS¥く→時{NS}¥く=時Z¥く=トきじく
形容詞「時じ」の遷移過程では形容源化語素S¥のS・¥は共に顕存するから、「時じ」はシク活用に含まれる。
「時じ」は語幹末尾母音部が¥だから、シク形容¥群に属する。


§2 形容源詞「鳥じモノ」

【1】「鳥じモノ」の語素構成と遷移過程

鳥じモノ〈鳥自物〉 海に浮き居て[万7 ―1184]
鹿じモノ〈鹿自物〉 斎ひ伏しつつ[万2 ―199]
「鳥じモノ」は“鳥ではないが、まるで鳥のように”の意であり、「鹿じモノ」は“鹿ではないが、まるで鹿のように”の意である。
「鳥じモノ」の「鳥じ」は形容源詞である。その語素構成は、「鳥」に、否定助動詞語素N¥と、形容源化語素S¥が下接・縮約したもの。
鳥じモノ=鳥+N¥+S¥+モノ→鳥N¥S¥モノ→鳥NjS¥モノ
→鳥{NS}¥モノ=鳥Z¥モノ=トりじモノ

【2】「名詞+じ+モノ」の「名詞+じ」はシク形容¥群

「鳥じモノ」は、語幹末尾母音部が¥だから、シク形容¥群に属する。
「鴨じモノ〈可母自毛能〉」[万15 ―3649]・「鹿じモノ〈鹿自物〉」[万2 ―199]・「男じモノ〈男士物〉」[万11 ―2580]なども同様である。